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Fate / stay night
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その時、その場所


「ほう……」

 柳洞寺。その、一室。
 葛木宗一郎は食後に出された茶を口にし、ただ一言を漏らす。
 この寡黙な男に相応しく、ただ深く息を吐いただけの一言。表情もなく、動きもわずかにしかない。
 しかし、この男をよく知る者ならば感じ取れるだろう。そのただの呼吸にも等しい呟きに、確かに感嘆の響きがあったことを。
 それはその茶を淹れた女にも分かった。
 だから驚きに目を丸くする。
 女は、しかし人間ではない。
 聖杯の魔力と契約でもって現界したサーヴァント・キャスター。
 驚きにかたまるキャスターを、マスターたる葛木は動くことなくただ視線のみを向ける。
 視線の交錯にキャスターの束縛が解ける。
 変化は一瞬。眉をひそめ、頬を染めたそれは、屈辱への怒りの顔。
 無言のままキャスターは立ち上がり、部屋を去る。
 葛木はそれをどうするでもなく、茶を飲み続ける。





 月の照らす下、不満げに足音を立てキャスターは長い板張りの廊下を歩く。
 それは英霊にも稀代の魔女にも見えない。機嫌の悪いだけの、ただの女だ。
 しかしキャスターはその自分の様に気がつかない。
 いや、そもそも、

 ――自分はなにをしているのか。

 その疑問だけがキャスターの頭を占めている。
 葛木宗一郎というマスターはなにをしても受け入れてくれるという奇特な人間だった。
 聖杯戦争のことも疑うことなく信じた。魔力の尽きかけた自分を抱いてくれと言えば抱いていくれた。柳洞寺に滞在することを許してくれた。そして、街中の人間から生命力を奪い魔力とするという、まともな人間なら外道と唾棄する今の計画も反対すらしなかった。
 ただ、ただ、ただ。在ることを受け入れてくれる。認めてくれる。
 だが葛木はなにも求めてはくれない。なにも望まない。
 聖杯を望まない。戦いを望まない。キャスターの強大な魔力を望まない。一度は抱いたが、女としてのキャスターも望まない。
 いつも表情を変えることなく寡黙で、しかし必要な時には必要なだけ語り必要なだけ動く。
 この無駄のない男を、キャスターは驚かせてみたくなった。
 夕食後、茶を入れる。
 そんなつまらないことをするサーヴァントなど存在しない。死後においてなお信仰の対象とすらなる英霊だ。令呪の強制でもなければそんなことをしないだろうし、しかしそんなくだらないことに令呪を消耗するバカなマスターなど存在し得ない。
 だから、驚くと思った。
 しかし葛木は……キャスターが見よう見まねで淹れてみた、適温でもなく茶葉の味を殺してしまっている茶をなにも言わず眉一つすら動かさず、最後までジックリと飲み干した。
 これがキャスターには、ひどく勘にさわるものがあった。
 だから茶を淹れることを続けた。
 次第に慣れて、茶を淹れるのが上手くなってきた。それだけではなく寺の典座が茶を淹れるのを盗み見たり、時には自らの魔術によって情報を引き出したりもした。
 そして今夜。会心の出来で淹れた茶は、ついに葛木から感嘆の呟きを引き出した。
 しかし目標を達成して、キャスターは自分が何をしていたのかと思ってしまったのだ。きっかけは理解している。だが彼女はなんで自分がそんなことを「続けてしまった」のかわからない。そもそも「茶を淹れることで葛木が驚く」などという発想そのものがバカバカしいことに、聡明なはずの彼女は気づかない。
 聖杯戦争は葛木の望むものではない。それだけしかできない彼女が、せめてマスターに、葛木のためになにかしたいと思った気持ちの発露。これは、ただそれだけのことのなのだ。
 立ち止まり、月を見る。
 正体のない不満を抱え、それがわからない混乱のまま、しかし彼女の中でそれもおさまりつつあった。
 月の光。静かに無垢に澄んだその光は、時に人を癒す。
 月を見上げるその姿は、計略を張り巡らす魔女とは思えないほど穏やかで、月の光に溶けてしまいそうなほどに儚い。


「!」

 一転して、キャスターは張りつめる。
 唐突に感じたのは、強力な魔力の乱入。人にはありえないその強大な波動は……間違いない。サーヴァントのそれだ。

「番犬はなにをやっているのかしら……!」

 声には言葉以上の不満の響きがある。
 そう、ここは絶対に侵されてはならない聖域。
 聖杯戦争に勝つための陣地。そして、彼女が自分として在ることを認められ、在ることを望み、在ることができる場所。
 絶対に守らなくてはならない場所。
 その想いが自らの家を守る妻と同質のものであることに、キャスターは気づかない。
 望むものを得られず、望まぬ魔女の称号と共に迫害を受けてきた悲劇のギリシャ神話の王女は、そんな安らぎを知らない。
 だから、進むことしかできない。
 聖杯を手に入れるために、戦う。しかし聖杯を手に入れると言うことは、今の二人の関係の終焉を意味する。
 今を終わらせないために今を終わらせてしまう道を、しかし彼女は進むことしかできない。
 その矛盾が破滅にしか向かわないことに、気づかないまま。
 彼女は侵入者へ、立ち向かう。




あとがき
 といわけで凛シナリオでアーチャー進入直前のキャスターさんです。
 キャスターと葛木の関係は非常に良かったです。それだけにあの終わり方は悲しかったですが、でも幸せだったことに気づき愛する人の腕の中で命尽きたキャスターは幸せと言えるのかも知れません。
 でも……切ないなあ。

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