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アフターストーリー
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南の還す者





「ここか……」

 城のように大きく荘厳な建物を見上げ、男は呟いた。
 見たところ、30代の半ばは迎えた長身の男。その表情には、砂漠のただ中という厳しい風土で生きてきたというだけではなく、修羅場を越えたであろう磨き上げられた精悍さがあった。
 がっしりとしたたくましい体躯を覆うのは金属の鎧。なにより腰に下げた二振りの緋の剣が、その男が戦士であることを物語っていた。
 
「行こうか、ラミュ」

 厳しい、しかしどこか気遣う調子の声。
 その声を受けたのは、男の後に付き従う少女だった。
 この地では珍しい真っ直ぐに腰まで伸びる黒髪。年の頃は14、5だろうか。
 だがそのあどけないとも言える顔立ちには、その年齢の子供に見られる明るさがない。

「本当に行くのですか……シーガ?」

 表情を変えず、ただ、長身の男――シーガを見上げ、ラミュは問いかける。抑揚のないその声は、疑問と言うより確認と言う方が近い。
 シーガはそこでようやく少女に目を向ける。
 その表情には、強い決意。その瞳には……わずかな迷い。

「”還す者”としての義務を果たすためだ」

 そう言いきると、シーガは歩き出す。
 ラミュは、わずかに立ち止まり……しかし、すぐにシーガの後をついていく。
 その先にある城のように大きな建物は、領主の館。この近辺の街を統べる、領主の住まう館だった。
 




 ”還す者”。
 ”叶える者”ルタの眷属。
 人の記憶を消し去る異能――”還す”力を与えられし者。ルタの命のもと世に災厄をもたらすものを”還す”のがその役目。
 
 ”守護者”
 ”叶える者”ルタの眷属。
 ルタより人を越えた”戦う力”と二振りの緋の剣を与えられし者。”還す者”を守護するのがその役目。
 
 還す者とその守護者。この二者はルタの眷属の中でも最強と言われていた。
 
 還す者ラミュとその守護者シーガは、ルタの眷属”水鏡の者”より命を受け、これまで何人もの領主や豪商を”還して”きた。
 そのことによって、世が平和になったか……それは、シーガもラミュも知らない。彼らにとってはルタの命令が絶対だった。
 しかし、今は……。
 




「止まれ」

 ついてくるラミュを手で制す。
 領主の館のなか。開けた石造りのホール。そこについたとき、シーガは立ち止まる。
 気配を感じたわけではない。
 人を越えた能力を持つシーガが気配を感じ取れない……それは誰もいないと言うことだ。
 しかしそれは妙な話だった。この近辺は治安が悪いというわけではない。しかし、それでも領主の館だ。今までの経験からしても衛兵がいていいはずだが、まだシーガとラミュは館に入ってから誰とも会っていない。
 そして、何か予感があった。
 いくつもの戦いを経たシーガには、このホールになにか危険なものを感じていた。
 シーガはゆっくりと緋の双剣を抜き放つ。
 構えは重くどっしりとした、攻撃の構え。
 
「……出てこい」

 低く、重く。シーガの声が響く。
 すると、柱の影に動く者。
 柱までの距離は5メートルほど。守護者たるシーガなら一息に詰められる距離だ。
 だが、シーガは仕掛けない。シーガの役目は還す者ラミュを守護すること。状況を見極めず攻撃を仕掛けることはできない。
 それにシーガにはたとえ先手を取られてもはね除ける自身があった。守護者の力はそれほどに強い。
 そして、影から月明かりの下へ。姿を現したのは、長髪長身の若者。身を包む鎧。隙のない所作、シーガに気配すら感じさせなかったことからしても相当の実力が予想された。
 しかしシーガを驚かせたのはそんなことではない。
 腰より下げる、二振りの緋の剣。守護者――ルタの眷属たる証。
 
「何者だっ……!」
「我が名はカダン。北の還す者の守護者……だった者だ」

 若者――カダンは言う。
 シーガに動揺が走る。全くの予想外だった。
 還す者と守護者の力は強大にして絶対。還さなければならない対象が何者だろうと一組の還す者と守護者だけで充分だった。だから今まで他の守護者と会うことはなかった。それに今は……。

「なぜこんなところに北の守護者がいる?」
「俺こそ聞きたい。どうしてここに”還す者”がいる?」

 質問を質問で返され、しかしシーガの方が言葉に詰まる。
 なぜ、ここにいるか、それは……。

「ルタからの指示などなかったはずだ。ルタはもういないのだから……」
「貴様っ……!」

 重心を、前に。いつでも踏み込める構え。並の人間なら、その前に晒されただけ身動きできないほどのプレッシャーを受けるだろう。
 しかしカダンは動じない。彼もまた、人を越えた力、守護者の力を持つ。
 
「もうルタはいなくなった。導き手たる水鏡の者もその役目を失い、指示もなかったはずだ。もう一度聞く。なぜここにいる?」

 シーガは答えない。返す言葉がない。しかし、カダンの言葉は容赦なく続く。
 
「お前達は、もう還す者でも守護者でもないはずだ」
「だまれっ!」

 ホールに響き渡る大音声。
 シーガにとってそれは認めてはならないこと。
 もう全てが終わってしまっている……それは、絶対に認めてはならないこと。

「我らは還す者とその守護者っ! 我は、南の守護者シーガっ!」

 シーガの後ろから、少女が一歩踏み出す。
 
「私は、南の還す者ラミュ……」

 さらに一歩。シーガが踏み出す。
 
「我らの邪魔をするつもりなら……斬るっ!」

 その言葉を前に、カダンは遂に剣を抜きはなった。
 
 




 かつて、南の一角に小さな村があった。
 行商のルートからわずかに外れたその村は、貧しかったが争いもなく幸せに暮らしていた。
 シーガは村一番の強者だった。ならず者が村を襲うこともあったが、シーガに敵う者などいなかった。
 いつまでも幸せが続くはずだった。みんな笑っていられるはずだった。
 しかし、それはあっけなく終わった。
 シーガが隣町の仕入れから戻ってきたとき、村は燃えていた。
 盗賊団に襲われたのだ。
 やむをえなかった。隣町からの仕入れは必須で、そして仕入れに行く方が盗賊に襲われる危険が多い。だからシーガは仕入れに同行したのだ。
 
「うわあああああっ!」

 村中を駆け回った。
 しかし生きているのは盗賊だけだった。村人はみんな死んでいた。……殺されていた。
 シーガは狂ったように戦った。しかし、いつも彼が相手にしていたならず者とは違った。武装しており、稚拙ではあるが組織立っており、なにより数が多かった。
 戦い、傷つき、逃げ……村の入り口まで戻ると、さっきまで無事だった仕入れに同行したものたちまで盗賊の餌食になっていた。
 シーガは夢中で逃げて、逃げて、逃げて……力つき、倒れた。
 砂漠の中、冷たくなった砂に体温を奪われ、死を実感した。
 もうダメだと思ったそのとき、倒れた腕の中から吐息を感じた。
 その手の中にいたのは黒髪の少女。仕入れに同行したものの一人、ラミュだった。無我夢中に逃げるさなか、彼は一人だけ救っていたのだった。しかし、
 
「俺は、たった一人しか守ることが出来なかったのか……」

 強いはずだった。村一つぐらい守れるぐらい、強いはずだった。
 守れるはずだった。村のみんなを守るぐらい、できるはずだった。
 笑っていられるはずだった。みんなみんな、笑っていられるはずだった。
 
「ならば、我が眷属になれ」

 絶望の中、現れたルタ。その誘いを断ることなど、シーガにはできなかった。
 




「我らは還す者と守護者でなくてはならんっ! そうでなくてはならないっ! たとえルタがもういなくとも……我らは”還す”っ!」

 双剣を構えるシーガの前。カダンの抜いたのは、緋の剣の一振りのみ。それを青眼に構える。
 
「一刀のみだと……なめるなっ!」

 踏み込む。守護者の踏み込みは常人のそれを遙かに越える。
 爆発のような衝撃を石畳に残し、砲弾のようにカダンへと迫るシーガ。
 しかしカダンの動きもまた尋常ではなかった。シーガの踏み込みを神速のサイドステップでかわす。そのまま、一刀をシーガへとたたき込む。
 シーガは辛うじて左の剣で受け止める。
 剣同士の激突にしては美しすぎる澄んだ音が響いた。
 並の剣ならばへし折れそうな衝撃の中、守護者のみに与えられる緋の剣はその力を余すことなく伝える。
 
「ぐうっ……!」

 シーガは驚愕していた。
 ここまで強い打ち込みを受けたのは初めてだ。守護者に敵う者などいない。並の衛兵になら剣を合わすことなく倒してきた。こんな状況は守護者になってから初めての経験だった。
 だが、カダンの方にはわずかな動揺もない。
 
「だあっ!」

 強引に剣をうち払い、カダンと距離を取る。
 体勢を立て直そうとする間に、カダンが打ち込んでくる。
 このとき、シーガは勝利を確信した。
 たしかに相手の実力はこちらに匹敵する。
 しかし、カダンの一刀に対しシーガは双剣だ。今の打ち込みの強さから一刀で受けることが出来ることがわかった。一刀で受け、一刀で返せばそれで終わりだ。

 しかし、シーガは知らなかった。
 カダンがかつて、自分以上の実力をもつ守護者と戦った経験があることを。そして、自分より遙かに上の力を持つ者達の戦いを目の当たりにしたことを。
 そのうえで、同じ守護者である自分に挑んできたことを。
 
 カダンの一撃を、右の剣で受ける。
 しかし、シーガの予想したより遙かに強力だった。辛うじて受けたが、耐えきれず体勢を崩す。
 しかし、カダンも振り抜いた姿勢。いくら守護者と言えど、付け入る隙がある。
 左の剣をたたき込もうとし……しかし、思ったように動かない。先ほどの一撃で左手はわずかだがしびれが残っていた。真剣勝負……まして実力の伯仲する守護者同士の戦いで、それは致命的な遅れを生んだ。
 
「はっ!」

 左手首にカダンの剣の柄がたたき込まれる。この状況なら構え直して振るよりこの方が早い。
 こんな戦いを要求されることのない守護者がすぐに思いつく動きではない。初めからこうなることを考えた上での動きだった。
 このときようやく――シーガは自分がカダンの策にはめられていることに気づいた。カダンが一刀で挑んだ理由は、守護者として双剣で戦い続けた自分の隙をつくためだったのだ。最初の一撃も、あえて威力を落として受けさせたのだ。この隙を生み出すために……!
 柄での一撃に、手首の骨が砕けた。どうしようもなく左の剣が落ちる。
 体勢を崩し、左手まで砕かれ、シーガは膝をつく。しかし、まだだ。シーガは右の一刀を、薙ぐ。
 しかし、それはかなわなかった。
 剣の平を手にたたきつけれられ、右の剣もまた落ちた。
 そして、緋の剣を突きつけられ、シーガは身動きとれなくなった。
 
「どうする?」
「斬れ……」

 カダンの問いに、シーガは即答した。
 大切な村人を救えなかった自分に、本当なら生きる価値などなかった。
 だが、あの日。ルタと出会ったあの日。
 自分は傷ついていた。そして腕の中にはラミュがいた。たった一人守れた存在。彼女を護るために、生きなければならなかった。
 だが、自分には生きる価値などない。だからルタの命のもと、守護者であり続ける事に自分の生きる意味を求めた。
 だから水鏡の者の指示がないまま、独断で領主の館まで来た。悪政を働いている領主だと聞いていた。それを”還す”ことで、自分が守護者であることを押し通そうとした。
 本当はわかっていた。ルタがいなくなったことも、もう全てが終わってしまっていることも。
 それでも……それでも、そうするしかなかった。
 だが、負けた。負けてしまったのだ。
 覚悟するシーガの前、カダンは一歩後ろに下がる。
 シーガと突きつけられた緋の剣。その間に、南の還す者――ラミュが強引に入り込んだ。
 
「ラミュっ!?」

 小さな身体で一杯に手を広げ、シーガを護るように。ラミュはカダンの剣の前に立ちふさがった。
 
「ダメです……」

 静かな一言。だがシーガにとっては信じられない言葉だった。
 
「何を言っているっ!? そこをどけ、ラミュっ!」
「ダメですっ!!」

 かぶりを振り、黒髪を振り乱し、精一杯の大声でラミュは叫んだ。
 ポタポタという音。石畳に小さな水溜まりができる。
 ラミュの涙だ。
 
「ダメです……」

 ラミュのその様に、わずかに緊張をゆるめるカダン。わずかにゆるんだ口元がうかべる表情は、安堵。
 
「我らが最強の眷属と呼ばれた理由を知っているか?」

 唐突なカダンの問いに、戸惑うようにラミュは首を振る。

「還す力は、ルタの優しさ……眷属で在るしかない業を背負う者達が、眷属をやめるために必要な忘却をもたらすもの」

 シーガもラミュも、息を呑みその言葉を聞く。
 眷属の多くは力の持つ意味も、自分たちの本当の役割も知らない。そんな心の余裕はない。ただ、ルタの眷属であると言うことにすがる。そのことに生きる意味を見いだすのだ。

 
「我らは罪を犯している。お前達は、何人還した? そのために何人の兵を殺した? その罪を、忘れることができる。今ある苦しみも、迷いも、全てなくすことができる。そしてそもそも眷属にならざるをえなかった、辛かった記憶も悲しい思い出もなく生きることができる」

 剣を降ろし、代わりに手をかざす。
 その手のひらに、ゆっくりと純白の光――還す力が満ちる。

「だから、お前達に問う」

 手のひらの光が、強まる。

「還りたいか?」

 静かに、厳かに。その声は三人しかいない広いホールに響いた。
 沈黙が場を満たす。
 明かり取りの窓から漏れる月の光が、三人を、静かに静かに照らす。
 やがて、その問いに答えたのはラミュだった。
 
「私は……還りたくありません」

 小さく。でも、はっきりと届く声で。ラミュは呟くように、自分に言い聞かせるように言った。
 
「……お前はなぜ還す者になった?」

 どこかやさしい口調でカダンは問いかける。
 
「シーガと……この人と、共に在りたかったから……」
「なっ……」

 驚愕のうめきを漏らすシーガ。
 その声を背にラミュの言葉は続く。
 
「この人は、村を守るためにいつもいつも一生懸命でした。そんなこの人と一緒に生きたかった。ずっと一緒にいたかった。私にはなにもなくなってしまったけれど、この人がいてくれたから……死にたくなかった。生きたかった。だから……この人と共に、ルタの眷属になることを選びました」

 ポタポタと、涙が落ちる。
 広げる手の先の拳を、ぎゅっと握りしめる。

「辛いですよ、人を還すのは。悲しいです、前に立ちふさがったと言うだけで人が殺されてしまうのは。ルタからの命令であっても、それはひどいことだとわかっていました。それが罪であることはわかっていました。でも、それでも。この人と共に在りたいから……」
「還されたとしても、二人でいられるかもしれないぞ?」

 カダンの言葉に、しかしラミュは頭を振って否定する。
 
「でも、還された私は私ではありません。罪を背負っても、辛い思い出があっても……私は私としてこの人といたい」

 きっ、とカダンを見つめる。睨むように強く、意志を持った強い瞳。

「だから、還されたくありません」

 ラミュはきっぱりと言った。

「守護者、シーガよ。お前は還りたいか?」

 少女の身体では隠しきれない巨躯。シーガに向けて、カダンは問いかける。
 その問いに、シーガは……
 
「くっくっくっ……」

 嘲笑った。自嘲の響きを含む、自虐的な笑い。

「お笑いだ……守護者としてラミュを守っているつもりで、俺はこの娘がいてくれたおかげで生きて来れた。この娘に、こんなにも支えられていたんだな……」

 顔を上げる。まるで憑き物の落ちたように迷いのない視線。顔に刻むのは、野太い笑み。
 
「俺も、還らない。それでも俺はこの娘を守りたいんだ。だから、絶対に還らない。俺も……共に、この娘と在る」
「そうか……」

 手のひらの光は弱まり、やがて消える。

「ルタはもういない。”守護者”を護る”還す者”などいない。”還す者”に護られる”守護者”などいない。もうお前達はなんでもない」

 カダンは緋の剣を腰に収める。
 きびすを返し、二人に背を向ける。
 
「ただ、生きるがいい。罪を背負い、苦しみと共に、どうとでも生きるがいい」

 カダンは残酷とも言える言葉を残し立ち去った。しかしその言葉とは裏腹に、カダンは、笑みを浮かべていた。口元は笑い、しかし目は寂しげに。それでも、嬉しそうな、それはそんな笑みだった。






 月光の下。
 領主の館を後にするカダンの姿があった。
 この騒ぎの中、警備をしていた傭兵は出てこなかった。
 すべて、カダンが眠らせた。
 殺すのではなく、昏倒させた。危険は伴うが守護者の力なら可能だった。
 
 ……これだけの力があったというのに……
 
 カダンは自らの手を見つめ、思う。
 ルタから与えられたのは二振りの緋の剣。殺すための道具。そして守護者としての、人を越えた戦う力。
 カダンが守護するのはアラミス。彼女を護るために、わずかな危険も残すわけにはいかない。それに、”還す者”の存在を知られるわけにはいかなかった。
 だから、殺した。還すことの障害となりうる者は、殺してきた。
 そして多くの者を還してきた。
 誰かを還すことで、救われた者もいるのかも知れない。
 しかし、カダンはそのことを知らない。知ろうともしなかった。ただ、ルタの命のもと、殺し、そして還してきた。
 そのことは今、罪として胸の内にある。
 もう何も知らなかったあの日のように笑うことなど出来ないかも知れない。
 だから、ルタを還した後。カダンとアラミスはお互いに還す力を使おうとした。
 だがしなかった。できなかった。
 一度目の時とは違う。あのときは二人の目の前に死があったからだ。だから、せめて最後にはなにも知らなかったあの日に戻りたかった。何も知らなかった頃のカダンとアラミスに、かりそめであっても戻りたかった。
 しかし、二度目は違った。
 死ぬのではない。これから、二人で生きるのだ。
 これから生き続けるというのに、姉さんが死んだこと、アラミスと共にあったこと。それらを失うことは出来ない。
 それらがなくなってしまったら……。
 カダンがカダンである証がアラミスの中からなくなったら、アラミスがアラミスである証がカダンの中からなくなったら……もう、只のカダンと只のアラミスではない。まったくの別人だ。
 だから、できなかった。
 それで、罪と痛みを背負うとしても。
 それで、二度と心から笑えないとしても。
 生き残った二人には、生き続けることしかできることがなかったから。
 喜びも悲しみも、罪も痛みも苦しみも……全てが証。生きてきた証なのだから。
 
 ……そんな俺が、何をえらそうに他人に語っているんだ……
 
 自嘲気味に、笑む。
 罪滅ぼし、というわけではない。ただ、なにか自分の力でやれることを探したかった。
 そして、思い当たった。未だ力を持っている、ルタの眷属たち。ルタを還した自分たちが、指導者を失った彼らに何か出来ないかと思ったのだ。イブラのように解き放つことは出来ないか。あるいは自分たちのように、罪を抱えたまま生きる道を示せないか。
 今回にしても、アラミスが偶然町中で眷属の証、緋の石のペンダントを見かけなかったら、出会うことすらできなかったかもしれない。
そんな運に頼った、当てのない旅。でも、成し遂げたかった。
 いつの間にか俯いた顔を、上げた。
 見に映るのは、月。その光を受け輝き、夜気に揺れる銀髪。
 泣きそうな顔をしたアラミスがいた。待っていろと言ったはずだが、心配で館のすぐ前まで来てしまったらしい。

 ……いつもこんな顔をさせてしまっている……
 
 しかし、カダンの顔を認めると、アラミスは一転して笑顔にかわる。そして全力で駆け寄ってくる。
 それをカダンは抱きとめる。傷つけないように、そっと。でも、ぎゅっと。
 
「カダン、ケガしなかった? 大丈夫だった?」
「……大丈夫だ」

 カダンはアラミスの満面の笑顔を見て、口元をゆるめる。微かな微笑み。確かに幸せそうな顔。
 しかし、それはどこか憂いを帯びていた。
 何も知らなかったあの日のように笑うことはもうできないかもしれない。
 でも。それでも。
 アラミスと、生きていく。
 カダンは改めて決意する。そして、ぎゅっと。アラミスを抱きしめた。





あとがき
 まずは、拙いSSを読んでいただいてありがとうございます。MIDDLEです。
 あとがきと言うことで、このSSを書こうと思ったきっかけなど書いてみようと思います。

 朱を終えてなんだかモヤモヤしていて、そして幾つかレビューサイトを見てたり某2のつく巨大掲示板などを見ていました。
 そこで、
 
 いままで多くの人を殺したり還したりしたと言うのに、
アラミスとカダンは忘れることで逃げてしまっている

 
 こういった意見を見かけたのが直接のきっかけでした。
 ラストシーンは確かにお互いに還しているように思えます。でも、はっきりとは描かれていない。
 では、どうなったのか?
 かりに”還す”ことをせず、今までの行為を罪と考えて(本編中ではそういう描写はなかったようですが)それでも生きていこうと考えたとしたら……
 まずルタを還したことの責任を考え、未だ力を持ったままの眷属に話しに行くんじゃなかろうか、と考えました。そうしたら他の守護者とのバトルもあるかなあ……とか、そんなことを考えていたらどうにも書かずにはいられなくなりました。
 いろいろ設定の誤解があるかもしれませんし脳内補完による部分が多い(っていうか南の”還す者”は完全にオリキャラですし(^^;)し、原作のテーマも正確にとらえることが出来ていないかも知れません。と言うか完全に個人的な解釈と言うか。
 というわけで……もしあまりにも変なところとかあったらご指摘下さい。メールメールフォーム掲示板などでどうぞお気軽に。感想もお待ちしております。
 それにしても初の二次創作SSが朱でしかもシリアスもののアフターストーリー。なんだか業が深いような(笑)
 次回登場は原初の還す者。最初のうちで加減が分からずルタが力を与えすぎてしまった守護者の暴走に、カダン大ピンチ!? 大丈夫、困ったときはわたしにおまかせっ! まじかる……ってウソです書きませんごめんなさい。
 そんなかんじで。それでは〜。
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