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ストレンジのーまるデイズ

第十四話 聖乱舞



 しんと静まりかえった放課後の廊下。
 陽も傾き、窓から入る光は廊下を赤く染め上げる。
 その赤の中、二人が対峙していた。
 一人はメイド。
 黒のワンピースに白のエプロンドレス。特徴的な茶のツインテールの先には銀の鈴のアクセサリ。ゆらめくシッポの先にも同じく丸い銀の鈴。ピコピコと頭のくせっ毛をめぐらし、ネコミミをピンと立て、視線は強く前、こちらへと向けている。
 一人はクラスメイト。
 夕陽の赤に染まる白いリボンにまとめられるのは、その赤以上に鮮やかな紅のポニーテール。細身の後ろ姿。右手には白いハリセン。
 廊下を満たすのは、赤い光と静かな、じんわりと暑い夏の空気。
 その一時生まれた静寂を破ったのは、ネコミミツインテールのメイド――ニィだった。

「相手をする? このニィと……メイド学科最強の、このニィと戦うと言うのですですか?」

 うっすらとニィは笑う。その口だけではない実力を伴う言葉は、それだけで重く感じられた。対する聖はその重さを前に、腰をわずかに低く落とす。しかしそれはプレッシャーに負けたのではない。

「あなたは神無月のメイドなんでしょ……?」

 不敵なその声に、気負いも恐怖もない。ただ凛とした意志がある。

「だったら……いくわよっ!」

 弾かれたように聖は駆け出す。低く速く鋭い疾走は、一瞬にしてニィに肉薄、間を置かず繰り出されるのは足下を狙った横振りの一撃だ。
 俺だったら回避どころか反応すらできそうもない左から右へと薙ぐ高速な一撃。
 しかしそれは、空を切る。
 振り抜いた直後、すぐさま聖は上を見る。見上げる聖の視線の先には、余裕の笑みさえ浮かべ宙を舞うネコミミメイドの姿があった。
 間髪入れず、今度は逆、右から左上へとハリセンを振る。
 重力に引かれて落ちるニィにかわす術はない。それが常識。しかし、このネコミミメイドに限ってその常識は当てはまらない。

 シャン

 大きく頭を振るツインテールの先、二つの鈴が涼やかな音を奏でた。長いツインテールが鈴に引かれ真っ直ぐになり弧を描く。引かれるのは髪だけではない。その重みと勢いはニィの身体自体も引く。
 ツインテールとシッポの先端の鈴の重さ、そして頭の触覚による精密な空間把握がそれを精密に制御する。それが可能とする”空中立体高速機動”。
 今、ニィの落下の軌道を変えた。それだけではなく落下速度すら増す。
 その急激な動きの変化に追いつけず、聖のハリセンはまたしても空を切った。
 ニィはその巻き起こす風の下、廊下に着地。両手を床に着き、地を這うような低い姿勢。
 振り抜き隙だらけになった聖の足下で、ニィは止まらず動き続ける。

 シャン

 大きく頭を回すように振りあげる。ツインテールが大きな弧を描き、その最先端にある銀の鈴は聖の身体へ迫る。伴うのは重くうなる風音。銀の鈴は見た目以上に重量があるようだった。
 風のうなりにつづいて響くのは、バンという弾ける音。
 聖はハリセンで二つの銀の鈴を受け止めていた。が、

「!」

 聖の身体が浮く。
 ツインテールを振る動きそのままに回転を続けたニィが放ったのはまたしても銀の鈴。それは、シッポの先端についた銀の鈴だ。ツインテールで中段の防御を誘ってのシッポでの足払いに、聖は為す術もなく足をすくわれたのだ。
 そして、ニィの回転は止まらない。
 はじめはツインテールの鈴。次はシッポ。次に動きの円の弧を描いたのは右手だった。
 鋭い風音。聞き覚えのあるそれは空を裂く音だ。
 高速に振り抜いた指先で真空波を生み出すニィの必殺技――キャットスラッシュ。
 足を払われた聖にかわす手段はない。
 だが、聖もまた尋常ではなかった。素早く左手を床に着くとそれを支えとして右手に持った振る。
 ハリセンとキャットスラッシュが真っ向から激突する。
 爆発が起きた。
 弾けた。聖のハリセンが粉みじんに弾け、細かい紙片が廊下に舞う。

「くうっ!」

 バランスを崩した聖はその爆発に押されるように後ろへと弾かれる。尻餅をつきつつも、両手をついて衝撃を緩和する。
 再びニィは空中を舞う。天井に届きそうなほどの高さの跳躍。
 聖は対応すべく素早く立ち上がる。
 その聖の上で、

 シャン

 鈴の音と共に空中で高速に反転、上下逆さまになったニィは天井を蹴り、聖の前、やや左に着地する。
 あわてて左の方へと向きを変える聖の前に……ニィの姿はなかった。

「右だっ!」

 聖に向け叩きつけるような勢いで叫ぶ。
 遠目で見ていたから辛うじてわかった。ニィは着地と同時に跳んでいたのだ。反対側、聖から見て右側の壁に……!

「これで終わりですですーっ!」

 壁を蹴り、ニィは身体ごと、まるでロケットのように真っ直ぐに突っ込んでくる。
 逆を衝かれた聖はかわすことができない。
 直撃だ。

「きゃあっ!?」
「聖っ!」

 聖が大きく吹き飛ばされる。辛うじて追いつき、なんとか聖の身体を抱きとめる。

「ぐっ!」

 勢いを受け止めきれず、壁に背中からぶつかってしまう。衝撃に息が詰まる。ニィに痛めつけられた身体が苦痛を訴えるが、今はそんなことはどうでもいい。間接的な衝撃でこれだ。これなんだ。直撃を受けた聖は……!

「聖……!」
「……かっこわるいとこ見せちゃったわね……」

 すぐに声が返ってきた。でも、弱々しい声だ。くそ、こんな事になるなんて……!

「……すまなかった……」
「な、なに謝ってるのよ。わたしが始めたケンカでしょ?」

 そうかもしれないが、でもその原因となったのは俺だ。俺が神無月なんかと関わりを持ってしまったから起きてしまったことだ。……まさかこんなとんでもない戦いになってしまうなんて思ってもみなかった。
 受け止めた聖の肩は思っていたよりずっと細くて、ずっとずっと華奢だった。ひなたとも違う、女の子らしい柔らかさ。
 こんな柔らかな身体が今の人間離れ……というか俺の知る常識外の戦いを繰り広げていたなんてウソみたいだ。そして、そんな華奢な身体があんなもの凄い打撃を受けてしまったなんて……。

「聖は休んでいてくれ。俺があいつを引きつける……!」

 そうだった。あいつの目的はそもそも俺なんだ。だったら聖から引き離すことだってできるだろう。
 もっとも今の立ち回りをみてしまっては、逃げ切れるとは正直思えない。でも、これ以上俺のために聖を傷つけるわけにはいかない……!

「……竜ヶ崎」

 覚悟を決める俺に、ムッとした声がぶつかってくる。触れそうな程近い聖の瞳には、力があった。

「あなた、わたしが負けるとでも思ってるの?」
「だ、だっていまもの凄い攻撃を……!」

 そこで、ようやく気がついた。なんでこいつ、普通にしゃべってるんだ? あのスピードの、それもニィの全体重のかかった一撃を受けて、なんで全然平気そうに……。

「よく見なさいよ」

 その言葉に肩をぐっと抱き寄せ、聖の肩越しに前を見る。ニィの攻撃をうけたはずのそこには……交差した二本のハリセンがあった。その交差点は拳の形に大きく陥没している。
 これであの一撃を受けきったというのか……?

「ちょ……近づきすぎ……!」

 耳元からの声に驚く。
 身体は密着、しかも抱き寄せて肩に頭をのせる感じだった。確かに近い。すげえ近い。なにしろ抗議する聖の息が頬にかかってくるぐらい近いのだ。
 その熱さから逃げるように、聖の肩を押しのけ離れる。
 一瞬流れる気まずい空気。

「ま、でも……受け止めてくれてありがと、ね」

 わずかに振り向き、聖がパチンとウインクする。
 混乱する頭の中、先ほどの光景が甦る。
 最初に持っていたハリセンはニィのキャットスラッシュでコナゴナにされてしまった。
 聖は壁なり床なりに手をつけば魔法のようにハリセンを取り出すことができるが、それにしてもあのときそんな暇なんてなかったはずだ。床に手をついたと言えばハリセンを砕かれてふきとばされ、尻餅をついたときだけ……って、あのときしかない。あのとき次のハリセンを取り出していたのか? そうとしか考えられないけど、それならあんな状況でハリセンを取り出して、しかも防御したってことになる。
 ……なんてヤツだ。

「あれに耐えるとはなかなかやるですです……」

 声の方に目を向ければ、ゆっくりとこちらに歩み寄るニィの姿があった。
 聖は俺から離れ、その前に立ちふさがる。
 ニィは歩みを止め、言葉を続ける。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

「紅いポニーテール。白いリボン。そして武器はハリセン……聞いたことがあるですです。一般科にいる強者、柳瀬聖。またの名を”スカーレット・パニッシャー”(紅の断罪者)……」
「……そう呼ぶ人もいるらしいわね」

 いきなり出てきた固有名詞。な、なんだその物騒な名称は?
 しかも聖は当たり前のように受け止めているし。

「そして……!」

 ニィの言葉は終わらない。なんだ? まだ何かあるって言うのか?
 ごくり、とつばを飲み込む。妙な緊張感が漂う。

「そのなりふりかまわぬ勇猛な戦いぶりからついたもう一つの名が、”ホワイト・ショーツ”(白のぱんつ)……」

 戦う聖の姿を思い起こす。ああ、確かに見えてた。いつも見えてたなあ。
 今もニィへの二度の大振りのとき、ちらちらと見えていた気がする。

「な、なによそれ知らないわよっ!?」
「いえ、こっちの方がむしろ有名ですです」

 驚く聖を静かにたしなめるニィ。その声には確信の響きがある。
 そうか、有名なのか……。

「お前すこしは気をつけろよなあ……」
「よけーなお世話よっ!」

 ポニーテールを揺らして振り向き、聖が抗議してくる。
 その頬は赤い。髪も紅い。”スカーレット・パニッシャー”とはよく言ったものだ、とちょっと関心。
 しかしなんだか抜けた会話とは裏腹に空気は張りつめてきている。どんどん、ビリビリした感じになっていく。

「強いと言っても所詮普通科の一般生徒……ウワサほどではないですです。ニィの敵ではないですです」

 まるで余裕を楽しむかのようにゆっくりと。ニィがまた一歩、踏み込む。
 俺は聖の後ろに駆け寄り、小声で提案する。

「聖……真面目な話、逃げないか?」

 聖が強いのは理解した。ハリセン捌きも凄まじかったし、あの攻撃を受けきるなんて本当に大したものだと思う。
 しかしそれでも状況は不利。素人目にも今の攻防はニィの方が有利だった。だが実力が大きく離れているわけでもない。逃げるだけならなんとかなるはずだ。
 聖はそんな俺の提案に背を向けたまま呟く。

「神無月には負けたくないのよ……」

 それは聞こえるか聞こえないかの小さな呟きだった。

「聖……?」
「……ねえ、竜ヶ崎。”第一限界”って知ってる?」
「え?」
「人間、誰しも無意識に力を制限している。その状態で出せる最大の力を”第一限界”と言うわ」

 突然出てきたわけのわからない話題に戸惑う俺を後目に、聖は陥没して使い物にならなくなったハリセンを投げ捨てる。

「わたしは精神的なスイッチで……この白いリボンを解くことをきっかけにして、その”第一限界”を突破することができるの」

 話しながら聖はポニーテールを結う白いリボンに手をかける。シュルリ、と布の擦れる音をたてリボンを解かれた。

「ちょっと離れててね。見せてあげるから」

 なんでもない言葉になにか絶対的な響きを感じ、言葉に従って後ずさる。
 でも、気に掛かることが一つあった。

「なにを見せてくれるって言うんだ……?」
「わたしのかっこいいところ……!」

 解いたリボンを一気に抜き取る。そのあとには信じれれないものが現れた。

「わたしの”第二限界”を!」

 言葉と同時に聖は駆け出す。その後を追うのは、まっすぐになびく紅いポニーテール。
 そう。リボンを解いたはずの聖はやはりポニーテールだった。ただ一つだけ違う点がある。

 そのポニーテール黄色いリボンで結わていたのだ。

 白いリボンを解いた下には黄色いリボンがあった。しかも二つのリボンは大きさが全然変わらない。結び目も見た感じまるで同じ。どうやって結んでいたのか、そしてどうやって白のリボンだけを解いたのか謎だった。

「えー?」

 そんな間の抜けた声を漏らす間に、聖の疾走は続く。走る最中に床をなぞりハリセン二本を再装備、ニィへと迫る。突進の勢いのままにニィへとハリセンを放つ。
 振り上げられるハリセンは鋭く速いが、でも先ほどと比べて特に変わったように思えない。

 シャン

 ニィは同じように飛び上がり、ツインテールを振って軌道を変える。
 しかし今度の動きは落下ではなく、空中を水平に滑る。そして至ったのは聖の後ろ。後ろから、聖の後頭部へ向け蹴りを放つ。
 その全てが速い。先ほどの急速落下に近い程の、こうして距離をおいて見てようやく動きをとらえられる素早い動き。間近でやられたら何が起きたかも分からないに違いない。
 さっきと違って声をかける暇すらない。
 今度こそやばい……!
 しかし、俺の心配は無意味だった。
 聖は素早く振り返り、そして蹴りを、二本のハリセンでたたき落とす。
 それはまるで後ろが見えていたかのような完璧な迎撃だった。

「!」

 ニィの体勢が崩れる。
 だが、それでもニィは止まらない。蹴り足をおとされバランスを崩した状況でなお、首を振る。聖の胸の辺りにたたき込まれるのはツインテールの銀の鈴。
 右から来るそれを、聖は右のハリセンを振り上げはじき飛ばす。
 しかしたたき込まれたツインテールは二つ。
 一つはいまはじかれた。二つ目が遅れてくる。しかも胸ではなく頭を狙う軌道だ。
 軌道が異なり、しかもタイミングが微妙にずれて迫るそれを、聖は今度は左のハリセンの柄で防いだ。
 空中立体高速機動を行うための重心二つを弾かれ、一瞬動く術を失うニィ。
 そんなニィに向け聖は一歩踏み込んだ。そのまま間髪入れず二本のハリセンをたたき込む!
 バン、という音と共にニィがこちらに向かって吹っ飛んでくる。

「うわわっ!?」

 今度は受け止めることはしない。と言うか、避けるのが精一杯でそんな余裕がない。
 そんな俺の前を通り過ぎるニィは、頭を大きくのけぞらせ、そして下に叩きつけるように振る。

 シャン、ゴン

 ツインテールの鈴が鳴り、そして床へとたたきつけられる。鈴はごりごりと床を滑り、それに続くように着地、足を踏ん張りニィは止まる。
 亀のように縮こまる身体。胸の前にはバツの字に組んだ腕。その腕は紅く染まっている。ニィはあの状況でガードしていたのだ。
 一瞬の交錯。それを制したのは聖。吹き飛ばされたのはニィ。
 先ほどとはまったく逆の状況だった。

「よく防いだわね」

 聖の揶揄するような声に、キッとニィは顔を上げる。
 その表情に怒りはない。ただ、目つきだけが鋭い。縦に細くなった瞳孔は猫そのものだった。

「急に動きがよくなったですですね……?」

 伺うようなニィの声を聖は余裕を持った笑みで受け止める。

「違うわ。あなたの動きが見えるようになったのよ。”第二限界”は『感覚限界の突破』。限界を超えた感覚なら、あなたの動きにだってついていけるわ!」

 後ろからの攻撃にまるで聖は最初から分かっていたかのように迎撃した。次のツインテールの攻撃もあらかじめ知っていたかのように完璧に封じた。
 限界を超えた感覚で、全て知覚していたというのか。動きは変わらずそれでもニィを圧倒したのは、普通の人間を越えた感覚によるものだったのだ。
 いや、あの……ニィもたいがい非常識このうえなかったが、聖もリボンひとつ解いたことをきっかけに普通の限界を超えてしまうなんて……。
 そんなのありなのかっ!?
 言葉にならない抗議の視線を送る。しかしそれは二人の交錯する視線の前にあまりに弱い。
 二人の間にはそんな余計なものが入り込む余地などない、圧倒的に濃密な空気があった。
 再び、聖は再びハリセンを構える。
 ニィも応えるように腰を落とし、両手を後ろに引き構える。

『これからが本番』「よっ!」
         「ですですっ!」

 重なりあう声と同時に二人は駆け出す。
 あわてて廊下の隅に逃げ出す俺の目の前で、再び戦いが始まった。





「くうっ!」

 これでもう何度目だろう。
 ハリセンを砕かれた聖が距離を置く。
 ニィもまた仕切り直しと距離を置く。
 どのくらい時間が過ぎたのかはわからない。濃密な戦闘は時間感覚をおかしくする。
 力量は互角……しかし差はお互いの得物によって現れた。
 聖の持つのは殺傷力・耐久力共に低い紙のハリセン。対してニィのキャットスラッシュはハリセンを破壊することができてしまう。
 聖の攻撃は連撃を基本とする。しかしキャットスラッシュの一撃はその流れを一発で止めてしまう。救いと言えばキャットスラッシュは地に足をついた状態でなくては放てないらしいことだ。この実力伯仲した状況でさえ、空中では一度として使ったことはなかった。
 しかしそれでもここぞというところで聖は流れを止められてしまう。攻めきれないのだ。

「なかなかやるですです。でもニィには敵わないですです。そろそろ降参するがいいですです」

 ニィの余裕は言葉だけではない。それに床に散らばる紙、紙、紙。聖は破壊されるたび次から次へとハリセンを取り出すが、それも限界はあるだろう。ハリセンが尽きたとき……結果はどうなるか、自明だった。

「聖……!」
「竜ヶ崎、そんな情けない顔しないのっ」

 振り向く聖の顔は、この壮絶な戦いとは裏腹に緩やかでさっぱりとした笑顔だった。

「わたし、ちょっとあんたのことかっこいいと思ったのよ。だから、わたしもあなたにかっこいいところ見せたいの。それに、それにね……」

 聖はニィの方へと目を向け、強く言う。

「バカ神無月のメイドなんかに、負けるはずがないでしょう……!」
「神無月様のことをバカなんて言うなですですっ!」

 聖の言葉に対するニィの声には真剣な響きがあった。今までどこか戦いを楽しむような瞳にも、今は真剣な光が揺れている。
 使命感に燃える瞳。
 名土先輩とは少し違うが、こいつもメイド学科のメイドと言うことか。

「本気ね、あなた……」
「あたりまえですですっ! 初めてのご主人様の、初めてのご命令! ニィは立派に果たすですですっ! そのために絶対絶対お前を倒して、竜ヶ崎をキッチリハッキリ半分殺して半殺しにするですですっ!」
「そんなことさせない。神無月の思い通りにさせるなんて、絶対にさせないっ!」
「全力でご主人様の命令を果たすですですっ!」
「だったらわたしも出し惜しみはしないわっ!」

 言うなり聖はポニーテールを結ぶ黄色いリボンに手をかける。
 なんだ? またリボンを解くのか?

「”第二限界”で向上した感覚で身体能力を知覚・制御・増幅して、通常の肉体限界を突破する……!」

 そして聖のリボンは解かれた。
 その下から現れたのは今度はその髪以上に鮮やかな、目の醒めるような真紅のリボン。

「”第三限界”……!」

 びくん、と聖の身体が小さく跳ね、身体が震え出す。。
 小刻みな震えは、しかしすぐに弱まり静まりやがて止まる。拳をぐっと握りしめ何かに耐えるような聖を見ていると、それはまるで何かを「力ずくで押さえ込んだ」ように見えた。
 これは、だいぶ無理をしているんじゃないのか……?
 心配して見ている前、いきなり聖はしゃがみ込む。
 なんだ? 言ってることがかなりムチャだったけど、やっぱり身体にも相当無理のかかることだったのか?

「聖っ?」
「派手に……」

 心配してかけた言葉に答えるのは謎の呟き。ヤケに力を感じさせる声に、かけようとしていた言葉も駆け寄ろうとしていた足も止まる。

「いくわよっ!」

 力強い叫びと共に、聖は両手を床上に滑らせ、そのまま前へ鋭く振る。
 そしてニィに向けて飛来するのは、10を越える数のハリセンっ!
 まだこんなにストックがあったのかっ!?

「ですですーっ!?」

 これにはニィも驚きの声をあげる。しかし、それでもメイド学科最強のネコミミメイド。確実に反応する。
 左右それぞれに放つキャットスラッシュが、飛び来るハリセンをことごとく砕き散らす。

 しかしそれは始まりに過ぎなかった。

 次に展開された光景は……バカバカしいとさえ言えるものだった。
 聖は床を撫で、壁をなぞる。舞うようなその動きに次々に取り出された無数のハリセンは、キャットスラッシュを放った直後で隙を見せるニィへと投げられる。
 しかしそれは先ほどのような直線軌道ではなく放物線の軌道。
 雨のように無数のハリセンがニィの周囲に降りそそぐ。その数はたぶん確実に……百を越えている。さっき「ストックが尽きてしまったら」なんて心配していたのがバカらしくなるぐらい圧倒的な光景だった。
 その膨大な数の下、ニィは戸惑うように触覚を揺らす。

「これなら跳べないでしょっ!」

 聖の得意げな声。
 そうだ。ニィはあの触覚で空間把握を行うと言っていた。これだけまわりに空中物があったら「空間把握」なんてできないだろう。それに三つの銀の鈴をつかったニィの空中制御は華麗で、でも繊細なものだ。これだけ障害物が多い状態では聖の言うとおりまともな動きはできないはずだった。空中立体高速機動は封じられたのだ。

「いっくわよーっ!」

 どん、と廊下全体が揺れた。
 たぶんそれは錯覚に過ぎないだろうが、そう思える程に聖の突進はパワーに満ちていた。
 速い。今までの倍近い速さの疾走だった。
 そして放たれた聖のハリセンは、まさに一閃と呼ぶに相応しい高速の一撃。
 だがニィには空中立体高速機動こそ封じられたものの、やつの手には聖のハリセンに勝る武器、キャットスラッシュがある。
 だからニィは逃げない。引かない。怯まない。真っ向からキャットスラッシュを放つ。
 二つの打撃が激突する。ニィの手の放つ真空波と聖のハリセンの放つ風圧が激突する。”第三限界”の力で放たれたハリセンは、しかし耐えきれず砕け散る。
 今まではここで聖が引いていた。ハリセンを再び取り出すのにはどうしてもタイムラグがあり、隙を生んでしまうからだ。
 しかし今は違う。わざわざ取り出すまでもなく宙を舞うハリセンが無数にある。そしてその多数の複雑な動きをとらえられる”第二限界”の感覚があり、それを生かし切る”第三限界”の身体能力がある。
 爆発が連続した。
 風圧と真空の激突。爆発。砕かれるハリセン。
 しかし両者一歩も引かない。
 だからその爆発は止まらない。途切れない。終わらない。
 無限に続くかと思われるその連音は、しかしほんの数秒にも満たない攻防だったのだろう。
 すべてのハリセン砕け散って床を埋めたとき、一瞬の空白の時が生まれた。
 聖はひざまずいていた。
 ニィは両手を広げ立っていた。

「!」

 聖が、打ち負けた……?
 しかしそれはすぐに勘違いだと気がついた。
 ニィの顔は真剣だったが、どこか力を失っていた。
 大きく広げられたニィの両手は、攻撃の構えでも防御の構えでもない。そのどちらも聖の連撃によってこじ開けられた、無防備な姿だったのだ。
 対する聖の手の中にはただ二本の健在なハリセンがある。ひざまずくその姿は敗北ではない。いわば引き絞られた弓。放たれる直前の一瞬。

「螺旋……!」

 両手のハリセンを体を抱くように置いてしゃがみ込む聖。
 続く動きはひねりをくわえた伸び上がる直進。そして開く動き。

「螺旋蓮華!」

 そして聖は白く開花する。
 多層にして無数の白いハリセンの連撃は目で追いきれず残像を生み、いくつもの花びらが陽光に開く様のようだった。
 それは宴のように華やかで、夢のように美しい。
 しかしその生み出すものはその美しさに反して苛烈にして壮絶だった。
 破壊。
 美しい大輪の花は、ただ音のみでそれを訴える。数えきれないほどの連音は途切れなく続きまるで一つの音のようだ。
 渦を巻く。無数のハリセンの残骸たる紙片の群が、渦を巻く。それは台風のようだ。
 やがてその渦からはじき飛ばされたのは、メイド服をぼろぼろにしたネコミミのツインテール――ニィだ。
 廊下に投げ出され倒れるその様子はまるで力がなくて、人形のようだった。
 やがて、渦は弱まる。
 白い紙片は花びらのようにゆるやかに舞い、雪のように静かに降り積もる。
 白の舞い散る中、その中心に残った色は紅。線を引いたように真っ直ぐで、鮮烈に純粋な紅が一筋。紅のポニーテール。
 聖。いや……。

「スカーレット・パニッシャー……」

 思わず、先ほどニィが告げた聖の呼び名を呟く。
 初めて聞いたときはバカバカしいとさえ思ったその名は、この場においてこれ以上ないくらい相応しく思えた。

「竜ヶ崎……」

 力無く、笑む。
 それは今までの聖と違いちかがらぬけ繊細で、どこか大人びた笑みだった。
 どきり。と心臓が一つ大きく打たれる。

「どう? かっこよかったでしょ……?」

 言うなり、ぺたりと腰を床に落としてしまう。

「聖っ!?

 慌てて駆け寄る。
 床にへたり込んだ聖は、そのまま倒れそうだ。背を押さえ、支える。

「だ、大丈夫かよ……?」
「ちょっと……疲れちゃった……」

 その額は汗に濡れていた。抱く身体もさっきと違って華奢なだけじゃなくて力が感じられない。
 でも……でも、何故だろう。俺はどうかしてしまったのかも知れない。こんなときにこんな事を思ってしまうなんておかしい。
 その姿が、いつものはつらつとした元気さではなくて、どこか妖艶なものものを感じて、すごく……綺麗だと、そんなことを考えてしまうなんて。

「ば、バカだな、無理ばっかりして……」

 なんだか気まずくて、視線を逸らす。
 逸らした視線の先。息を呑む。
 足首まで届くロングスカートにエプロンドレス。
 メイド服。スカートの丈が違うだけで、デザインは変わらない。それなのに異なる清楚にして可憐な雰囲気はニィとは違う。あえて言うなら、格が違う……!

「なによ竜ヶ崎、ちょっとぐらい褒めなさいよねー……」

 聖の声に応えてやることもできない。
 廊下の端。そこに立っていた人は……。

「名土……先輩……」

 俺の探し求めるその人だったからだ。


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