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ストレンジのーまるデイズ

第十三話 空中立体高速機動



 考えがあったわけじゃない。
 ただ、屋上にいても意味がないことがハッキリして、俺は止まっていられなかったのだ。漠然とその場を離れ、とにかくメイド学科を探してでも名土先輩に会おうと思った。
 屋上からの階段を、駆け下りる。踊り場を曲がれば3階の廊下が見える。壁に反射して響くのは上履きと階段の滑り止めの金具がぶつかる固い音。
 それが、一組しか聞こえない。
 つまりは自分の足音だけだ。
 神無月のメイドは追ってきていないのだろうか。それとも、ついてこれなかったのか? 「戦闘能力はメイド学科最強」とか言ってたが、よくよく考えてみたらメイドが喧嘩に強い必要なんてない。最強という肩書きもメイド学科の中でしか通用しない、大したものではないのかも知れない。
 と、シャン、という金属音が響く。同時に固い音。階段を駆け下りる俺の足音に近い、しかし連続しない単音が響く。
 聞こえたのは真上、頭上からだ。

「!?」

 驚いて見上げるが、何もない。ただ天井があるだけだ。
 続いて、

 シャン

 聞こえたのは、涼やかな金属音。今度は階下から聞こえた。視線を前に戻すと……。

「待つですです」

 ふわり、とすこしだけ舞い上がった短めのスカートが下りる。エプロンドレスのフリルが風に揺れる。ツインテールが髪飾りの重みに揺れる。そこからはわずかに金属音がする。このとき初めて、あのアクセサリが大きな鈴であることに気がついた。おそらくシッポの先のもそうなのだろう。
 眼下、階段の踊り場。そこには神無月のメイド――ネコミミツインテールのメイドさんが佇んでいた。

「なっ……!?」

 屋上からの出入り口は一つ。そして階段は確認するまでもなく一本道だ。先回りするには俺の隣をぬけるしかない。
 でも、誰も俺の脇を抜けるヤツはいなかった。いたならいくらなんでも気づくはずだ。
 階段の他のルートと言えば……外壁をつたうぐらい。でもさすがに考えづらい。それにもしそうだとしたら追いつくのが早すぎる。
 ネコミミメイドは、どういう仕掛けかミミをピンと立て、アリの触覚のようなくせっ毛をぴこぴこ動かしながら俺を見上げる。余裕の笑みをたたえ、猫のようなつり目で俺のことをじっと見る。

「屋内でこのニィから逃げるなんて不可能ですです」
「くそっ!」

 得体の知れない恐怖を感じ、俺は思い切った行動に出る。校則にかならず「やっちゃいけないよ」書かれている行為。すなわち、階段の手すりを乗り越えてのショートカット! まっすぐな階段ではなく途中で折れ曲がってるからできる近道だ。
 が、これが禁止されている理由は、まず上の手すりと下の手すりとの間は1階まで直通の隙間になっていること。踏み外すと一階まで直通でたいへん危険だ。そして、

「くっ……!」

 思った以上の落下に声が漏れる。手すりを乗り越えての移動にはけっこう高低差がある。それが校則で禁止されるもうひとつの理由だった。
 落下の衝撃を、両足を踏ん張ることで耐える。けっこうきついが足を痛めるほどではなかった。
 ニィよりわずかながら先行することができた。そのリードを生かすべく、休むことなく下へと階段を駆け下りる。

「逃がさないですですっ!」

 鋭い声。後ろから飛びかかってくるつもりか?
 駆け下りる足は止めず、わずかに振り向き横目で後ろを確認する。

 シャン

 鈴の音ひとつだけを残して、ニィは跳んだ。いや、その様は「飛んだ」と言った方が適切なのかもしれない。それは俺が予想していたよりずっと高い軌道の跳躍だったのだ。
 ニィのジャンプは俺の頭上をずっと越え、天井、すなわち上の階段の作る斜面にまで達した。
 そこで、ニィは身を大きく捻り、頭を大きく振る。
 シャン、という鈴の音と共にツインテールが大円を描く。シッポの鈴だけがまるで固定したかのように一点で止まっていた。

「なっ!?」

 そのあと起こったのはおよそありえない動きだった。
 ニィはシッポの鈴を軸に上下反転、そのまま天井に”着地”した。それも一瞬、間髪入れず天井を蹴り、今度は下に向かって跳ぶ。
 その行く先は俺の前方、3階と2階の間の踊り場。
 上下逆さまに飛ぶニィはそのままでは頭から落ちてしまう。
 再び、頭を大きく振る。今度の回転の軸はニィの身体の中心そのもの。
 ニィの身体が円を描く。円の弧を描くのはツインテール先端の鈴とシッポの先端の鈴。
 またしてもシャン、という涼やかな鈴の音。
 ニィの身体は後ろ向きにくるりと回転、下にあった頭を上に、上にあった足を下に。正常な姿勢へと戻る。
 そしてしなやかに、静かに。足下から音もなく階下に降り立つ。その動きはまさに猫そのものだった。
 全ては瞬きする間もないわずかな間に起きたこと。
 驚きに、長く深く息を吐く。
 ようやく理解した。
 どうやって先回りされたのか。
 こいつは今のように俺の頭上を飛び越えて俺の前に立ったのだ。
 そして理解できない。
 どうしてこんな動きが出来るのか。
 なんかいろいろとありえない動きだったようにおおえる。
 俺の懐疑の視線を前に、ネコミミツインテールメイドは得意げな笑みを浮かべ、くせっ毛をピコピコ揺らしながら指さす。

「不可能と言ったはずですです!」
「不可能なのはお前の今やったことだっ!」
「なにがですですか?」

 シッポをしなやかに揺らしながら、首をちょこんとかしげるニィ。その様子はまんま猫だった。いや、猫でも今の芸当はできない。だって……。

「いくら何でもあんな無理な動きができるかよっ!?」

 そうだった。俺の頭上はるか上に飛び上がっただけでもかなり非常識だったが、そのあとの動きが異常だった。空中で反転して天井を蹴って、その加速の中見事に空中で後転、音もなく着地。まるで無重力状態でのような動きだった。

「できるですです! ニィには髪の鈴とシッポの鈴があるですですっ!」
「だからどうしてできるんだよっ!?」
「さらに言えばこの頭の触覚とおしりのシッポもポイントですですっ!」
「説明になってない!」

 仕方ないですですねー、とニィはぴっと人さし指を立てる。
 そう言っている間にも頭の二本のくせっ毛はピコピコと揺れている。シッポもゆらゆら揺らめいている。……あれ、ただのアクセサリじゃないのか。どういう仕組みで動いているんだろう?

「ニィはこの触覚で常人とは比較にならない空間把握が可能ですです!」

 言って指さすのは頭のくせっ毛。あれ……触覚って……髪じゃないのか?

「完璧に空間把握ができれば、あとは適切な動きをくわえるだけですです。そのためのこれですです。」

 言って、ツインテールの先についた鈴を手に持つ。音はしない。なにか、重そうに見えた。

「この鈴は、空中での動作に勢いをつける為に使うだけでなく、姿勢制御の為の重心ともなるですです。完璧な空間把握、そして身体の外にある三つの重心。ニィほど優秀なネコミミメイドとなれば、これだけあれば空中で縦横無尽に姿勢制御・軌道変更が可能ですです。これこそニィの得意技、『空中立体高速機動』の秘訣ですですっ!」

 ニィは得意絶好調という感じで興奮して言葉を続ける。

「ネコの敏捷性! そして空中立体高速機動! それが、ニィこと支倉 新実がメイド学科最強の戦闘能力を持つと言われる所以なのですですっ!」

 腰に手を当て胸を張り、得意絶好調という感じで言い切った。
 対する俺はかけるべき言葉が見つからない。
 どうしよう? どこから突っ込めばいいんだろう? ツッコミどころが満載でどこから何を言っていいものかわからない。
 だが、まず第一に確認しなくてはならないことがある。意を決し問いかける。

「なあ……失礼な質問であることを承知であえて聞く」
「なんですですか?」

 調子にノリまくってるニィはニッコリと笑顔で答える。少しだけ心が痛むが、あえて問う。

「……お前、人間か……?」

 普通なら殴られても文句の言えない問い。しかし、

「微妙ですです」

 ネコミミツインテールメイドは、ニッコリと笑顔をわずかにも崩さず即答した。
 いや、なんていうかその……

「答えになってねーっ!」
「さあ……納得してもらったところで覚悟するですですっ!」
「会話にもなってねーっ!」

 シャンと鈴を揺らし、ニィが迫る。
 改めて見るニィは小柄でそれだけなら全然恐くない。ツインテールという髪型、ネコミミというバカっぽさもどちらかと言えばサスペンスと言うよりコミカルだ。
 普通なら恐いなんて思わない。だが、今見せた非常識な動き。その理不尽が恐ろしい。そして、大きく後ろにひいた右手。理由はないが、それにとてつもない恐怖を覚える。
 蛇に睨まれたカエルのように動けない俺の前に至るニィ。

「デスですですーっ!」

 よくわからないかけ声に、ようやく固まっていた身体が動く。とにかく動こうと足を踏ん張る。しかし直前まで固まっていた足はうまく力が入らず、階段に引っかかり、転ぶようにしゃがみ込んでしまう。
 それが幸いした。
 聖のハリセンに匹敵する鋭く圧倒的な打撃が頭上を通り過ぎる。

「うお……」

 漏れる声の上に、ぱらぱらと降りかかるものがあった。粉のような何か。
 見上げる。そこには、傷があった。コンクリの壁についた傷。

「うまくかわしたですです……」
「今なにをやりやがった……?」

 さっき降ってきたのは破片? コンクリの破片だというのか?
 こいつはどうやったかわからないがコンクリを……削り取りやがったのだ。

「今のは……」
「高速に振り抜いた指先で真空波を生み出す必殺技! ”キャットスラッシュ”ですですっ!」

 どうしよう……こいつ、説明になってない説明をさも当然のことのように言いやがる。
 理不尽かつ不条理かつムチャクチャだ。でもこいつと違って俺は常識的な人間だ。こんなものを喰らった日にはひとたまりもない。

「殺す気かっ!?」
「峰打ちするから大丈夫ですですっ!」
「峰打ちの意味わかってんのか!? いま必”殺”技とかいっただろーっ!?」

 脱兎のごとく逃げ出す。
 聖とのやりとりではケガの心配をした。
 しかし今は命の心配をしなくてはならない。納得できない恐怖の中、全力で駆けだした。





「ちっ!」


 シャン

 空中で首を振り、ツインテールのそれぞれについた鈴が涼やかな音を奏でる。
 背後頭上、横目にチラリと見ると、天井に”着地”しているニィの姿が見えた。
 走るのをやめず、ただタイミングを計る。
 そして、ニィは天井を蹴り跳んだ。一直線にこっちに向かってくる。俺は進路を変え、そこから避ける。
 普通ならそれだけで避けられる。しかし、こいつは空中で軌道を変える!
 だからそれにあわせて一気にダッシュ。タイミングは勘だ。
 そして、辛うじて攻撃圏内から逃れる。
 着地の音はしない。ただシャンという鈴の音だけがする。かすかに聞こえる風を切る音は、おそらくやつの攻撃の音。
 だいぶ冷静に対応できるようになってきた。
 さっきから空中からの攻撃では「キャットスラッシュ」を使っていない。どうやら地上限定の必殺技のようだ。空中からの攻撃は予測しづらいが今のようにタイミングを計ればかわせないことはない。
 なんとかなるかもしれない。あとはどうにか、職員室なりなんなり人のいるところに逃げ込めば……。
 しかし、目の前には絶望があった。
 行き着いた先は、ついに廊下の行き止まりだった。
 壁に体重をあずける。体力の限界だ。走るのも疲れたし、なにより生死のかかった緊張感が体力をなおさら削る。今いるのは2階。職員室のある1階からはあまりにも遠い。助けは呼べそうにない。
 こんなところに来てしまうなんて、まさか……。

「追い込まれた……?」
「必死に逃げてくれて、楽しかったですです……」

 しずしずと音もなく上品なメイド特有の歩きでニィは近づいてくる。しかしその顔に浮かべる笑みは、楽しげで、しかし残酷さがあった。
 思えばこいつ、初っぱなから簡単に俺の前に出た。追いつこうと思えばいつだって追いつけたんじゃないのか?
 わざと自分の能力を説明して誇示し、その上で手加減して追いかけていた……?
 こいつ……俺を追いかけて楽しんでやがったのか?
 猫は狩猟動物であることを、今さらのように思い出した。
 絶望に力が抜ける。壁についた背から、汗びっしょりのシャツの感触が伝わってきて気持ち悪い。

「はぁ、はぁ……もう、充分なんじゃないか……?」

 荒い息の中、なんとか言葉を絞り出す。
 神無月は「半殺しにしろ」とか言っていた。逃げる最中、直撃こそくらわなかったものの攻撃がかすったり転んだりしたこともあって打ち身だらけ。あの「キャットスラッシュ」とかいうのでワイシャツもぼろぼろだ。……名土先輩の洗濯してくれたシャツを着てこなくて良かった。
 だが、そんなぼろぼろの俺に、

「だめですです。許さないですです」

 足を止めず、笑みも崩さず。ニィはゆっくりと迫ってくる。

「なんでだ……? 神無月の命令だからか?」
「そうですね……ご主人様の命令は絶対ですです。でも、それだけじゃないですです」
「あいつの命令だけじゃない……?」
「教えてあげるですです……これは、制裁なのですです」

 2メートルほどの距離を置き、ニィは立ち止まる。
 四方を壁に囲まれた廊下の端。すべてがニィの足場になり、そして俺の逃げる障害となる。唯一の逃げ場所と言えるのは、教室への出入り口。しかしそれは今、ニィと俺の中間にあっておまけに閉まっている。基本的な速度そのものがニィの方が上。逃げる前にやられるのは確実だ。
 つまりヤツにとって確実に仕留められる間合いであり、俺にとって逃げるのが不可能な状況。
 その圧倒的有利さを理解しているのか、ニィは見下すような笑みを浮かべる。

「お前は知らないかも知れないですが、名土先輩はメイド学科のアイドルですです」

 それは……知っている。たしか聖から聞いたメイドチャンピオンである名土先輩はすべてのメイドの目標であり憧れであるという。

「お前をコテンパンにすることは、名土メイ様ファンクラブからも頼まれていたことですです」
「ファンクラブ?」
「年会費500円、会報は月間の優良ファンクラブですです」

 そう言って取り出した免許証ほどの大きさのラミカードには、ニィの顔写真と名前、そして会員bQ58の表示。ってこいつも会員か。しかも最低258人もいるのか。

「そもそも、本来は一般生徒の申し出でメイドが『ご主人様契約書』にサインする事なんてほとんどないですです」
「じゃあ俺をコテンパンにするために神無月と契約を結んだって言うのか?」

 ニィはコクリ、とうなずく。触覚がビョコンと揺れる。

「愛奈様は能力的には優秀ですが学校からは問題視されているお人ですです。だから普通なら契約も難しいですが、ファンクラブの後押しがあってニィはこうして愛奈様のメイドになることができました。おかげでこうして普通科の校舎にも問題なく出入りすることが出来るですです」

 じゃあ神無月は利用されたと言うことなのか……?
 ついさっき、得意満面にニィのことを自慢する神無月の顔が目に浮かぶ。無邪気な笑顔。あいつは新しいおもちゃを手に入れた子供のように嬉しそうだった。それが、それが……!

「そんな恐いカオしないで欲しいですです。もちろんそれだけじゃなくて、愛奈様がご主人様に相応しいとニィが認めたから契約したですです。メイドの契約はそんなに軽いものではないですです」
「……あいつのどこが気に入ったんだ?」
「どこまでもまっすぐなところですです」

 そうか。あいつはやっぱり変わっていないのか。俺の惹かれたところはやっぱり変わっていない。他は全然違うくせに、かわっていないんだ。

「なに笑ってるですですか? ニィはお前を苦しめるために来たですです。そんないい顔しないでほしいですです」
「わ、笑ってなんかいないっ」

 慌てていつの間にか緩んでいた顔を引き締める。

「……で。なんでそんなことをベラベラ話すんだ?」
「お前には自分の罪を自覚して欲しかったですです。どれだけの人間に迷惑をしているか自覚させたかったですです。後悔して、絶望して、そして名土先輩のご主人様になるなんていう大それた間違いをさせないためにニィは来たですです」
「迷惑、か……」

 名土先輩がいきなり「ご主人様になってくれ」とお願いしてきたときは困った。教室に突然来たのだって困った。たまに形容しがたい変な状態になるのもかなり困るポイントだ。
 だから俺は自分が迷惑をかけられていることしか考えていなかった。
 確かに見えていなかった。名土先輩が「メイドチャンピオン」という立場にいることの意味。それがどれだけの影響力を持っていたのかわからなかった。

「名土先輩を惑わすなですです。名土先輩は欠点のない最高のメイドですです。お前のようなヤツには相応しくないですです」

 目を輝かせてニィは言葉を続ける。

「名土先輩は、ずっとずっとメイド学科のアイドルですです」

 その言葉はひっかかった。
 自分に非があることはわかる。でも、その言葉はだけはひっかかった。

「……先輩のことを、勝手に決めるな」

 壁によりかかっていられない。
 痛む身体を無理に起こす。真っ正面からこのメイドと向き合うために。

「アイドルだって? 違う。あの人はメイドだ。全力で誠心誠意メイドなだけだ」

 あの日。初めて会ったとき、名土先輩の苦悩を聞いた。完璧な能力をもつが故に叱られない。だから叱って欲しい。そのときはそれだけの意味だと思っていた。
 しかし、アイドルだって?
 こんなふうに特別扱いされてしまっていたらどうだろう。誰からも叱られることなく、羨望され、特別視されて祭り上げられる。みんな好いてくれる。でも、距離を置き接する。まわりじゅうそんな感じ。
 それは、「孤独」ではないだろうか?

「メイドとして己を高めたい。だから叱って欲しい」

 立派だけど、自分勝手な考えだとも思っていた。でもそれは少しだけ違うのかも知れない。心の底で対等に話してくれる人間をもとめていただけではないのか。自分に正面からぶつかってくる人間が欲しかっただけじゃないのか?
 心の底から欲しいのに、でもどうしても得られない。それが突然に俺みたいなやつによってもたらされた。だから名土先輩はおかしくなってしまうのかもしれない。それほどに、おかしくなってしまうぐらい狂おしいほどに。先輩は求めていたのかも知れない。
 ああ、俺はこんなところで何をしているんだ?

「どけよ……」
「なにを言っているですですか?」
「どけよっ!」

 気圧されたように一歩だけ、ニィが引く。
 俺は名土先輩に会わなくちゃいけない。まだ謝ってない。まだお礼も言っていない。そして叱らなくちゃいけない。たぶんそれがあの人と対等に接するための唯一の方法だ。

「名土先輩は真剣にメイドだ。だから俺だっていい加減に決めることができない。俺は名土先輩とこれからも真剣に接する。おまえにどうされようとビビッて逃げたりしない。お前が何をしようと俺は変わらない。これからも変わらず名土先輩と契約を結ぶかきっちり考える」


 そうだ。俺は、俺だけは名土先輩と対等に接してやる。メイドチャンピオンである名土先輩に俺なんかが並ぶことはできない。でも、気持ちだけは対等に。臆することなく真っ直ぐに接するんだ。
 それが迷いから救ってくれた先輩に対して俺がやらなくてはならないこと。そして俺にしかできないことなんだ。
 確信を込め、また一歩進む。
 ニィは動かない。

「お前にはなにも変えられない。名土先輩から距離を置いて勝手なイメージで見ているお前らには、変えることなんてできやしない。無駄なんだから、とっととどきやがれっ!」
「……言いたいことはそれだけですですか?」

 冷たい声。
 右手を後ろに大きく引く。独特の構えは、あの「キャットスラッシュ」を放つためのものだ。

「そんな言葉だけの覚悟で、耐えきれるものなら耐えてみせるがいいですです……」

 じり、と一歩踏み出す。それは必殺の構え。確実に俺を仕留めうる攻撃力。今度はきっとかわせない。今までと違って……本気だ。

「……絶望するがいいですです」

 ニィが踏み出そうとした、まさにそのとき……!

 ガラリ

 俺とニィとの間の中間地点にある教室の扉が開いた。
 呆然とする目の前に現れたのは、白いリボンで結われた紅いポニーテール。

「こらそこ! 廊下でさわぐんじゃないわよ!」

 ハリセンでニィのことを指す、細身ながら凛とした後ろ姿。

「聖!」
「相変わらず後先考えず言いたいこと言うのね、あなたは」

 ふりむく顔はさわやかとも言えるまっすぐな笑顔。
 柳瀬聖はいつもどおり、ハリセンを手に俺のことを真っ直ぐに見つめる。

「でももうちょっと状況を考えなさいよ」
「ああ……そうだな……でもなあ……!」

 聖の顔を睨みつけてやる。

「なんでこんないいタイミングで出てくるんだよ?」
「それは……偶然……かしら?」

 目を逸らし、ぽりぽりと頭をかきながら白々しくそんなことを言う。
 ごまかしているのがバレバレだ。そもそもこんなに絶妙なタイミングで偶然入ってくるなんてあるわけがない。

「タイミングを計ってやがったな」

 指摘してやると、聖は顔をそっぽに向けながら、

「な、なによなによ? 竜ヶ崎が一人で行くって言うからせっかく教室で待っててやったのに、その言いぐさはなによ? 今日はひなたも保健委員の用事があっていないから、教室で一人ぼっちで待っててあげたのよ? だいたい……」

 そこでようやく聖は顔をこっちに向ける。上目づかいの、伺うような視線。

「状況をちゃんと判断してから行動しろって言ったのは、竜ヶ崎じゃない」

 拗ねたように口を尖らせてそんなことを言った。なんだか子供みたいな顔だった。
 でも、確かに俺はそう聖に言った。言ったが……だからってこれはないだろう。

「……お前、バカだろ?」
「そうね。でも、あんたも相当なもんよ」

 言葉とは違ってひどく優しい笑みを浮かべる。それは、ドキリとするぐらい綺麗に思えた。
 そして聖はニィへと向き直る。

「話は聞いていたわよ。あなた、神無月のメイドなんだって?」

 再び、聖はハリセンを突きつける。真っ直ぐに、攻撃の構えとして向ける。

「だったら、わたしが相手してあげるわ!」

 聖の宣戦布告だった。



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