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ストレンジのーまるデイズ
第七話 SSS | 「実力テスト……またわたしの勝ちね」 まっすぐな黒髪が、とても綺麗だと思った。 「でもあなたも2位とはさすがね。……わたしについてこれるのはあなたくらいね」 どんなことにも物怖じせず立ち向かうところが好きだった。 まっすぐにどこまでも遠くを見つめているような瞳が好きだった。 「これからも……いっしょにがんばりましょ」 ただその言葉うれしくて。向けられる笑顔がまぶしくて。 ――近くにいたくて。 またがんばれろうと思った。 ・ ・ ・ ピピピピピピ 「うっ……」 目が覚めた。昔の夢を見ていたような気がする。 「昨日あんなこと言ったせいか……」 『俺が何なのかは自分で決めるっ! 勝手に決めるなっ!』 苦笑する。前の学校だったら絶対に言わない。 発言には気をつかっていた。成績優秀な優等生だった彼女に近づくため、俺もまた大人しい優等生を演じていたからだ。思ってもそんなことは言わなかっただろうし、それ以前に……そんなこと、考えもしなかった。 「朝から憂鬱だ……」 ため息を吐きながら目覚まし時計を見る。時刻は正確。昨日と同じだ。 昨日俺は遅刻した。それと、同じ時間。同じ時間……!? 「しまったーっ!?」 昨日はドタバタしていて目覚ましを直すのを忘れてたっ! 昨日と同じく遅刻コースだっ! 布団から跳ね起きる。まだ梱包を解かれていない段ボールの立ち並ぶ中をどたどたと走る。段ボールの群のなか、唯一開いている着替えの入ったものからワイシャツその他を引きずり出す。 「変身!」 とか叫びながら着替える。1秒に満たない時間で着替え完了できる気になるその言葉で、30秒の早着替えを実現。 冷蔵庫から食パンとジャム・バターを出し、素早くパンをトースターにセット。 その間カバンを探し出して簡単に寝癖のチェック、ついでに軽くうがい。それが済むとカバンをひっつかみ生焼けのトーストをトースターから強制排出、適当にジャムを塗りたくると口にセット。 ドアを閉めると同時に鍵をかけ、抜いたキーをポケットにおさめながらアパートの階段を駆け下りる。 着地と同時に疾走開始。慌ただしいことこの上ない。 「ちこくちこく〜」 昨日と同じように情けない声を上げてみた。あえてノンビリとした口調で言うことによって気分を落ち着かせる効果がある。現実逃避しきれないのがタマにキズ。 それにしても転校して二日連続で遅刻というのは大変不名誉で良くない。 走るとすぐに昨日、聖と出会った曲がり角にたどり着いた。 ……また出会いはあるのだろうか? 二日連続でそんなことはないだろうが、なんとなく期待しつつ曲がり角へと走り込む。 やばい。 唐突にこの単語が頭に浮かんだ。しかも極太フォントで頭の中を埋め尽くす大きさで、だ。吐き気すら伴う圧倒的な危機感。 勘に任せて急ブレーキをかける。足下から土煙を立てて止まる。辛うじて曲がり角の前で停止すると、目の前を通り過ぎるのはやけに質量と速度をもった音。 「うわあっ!?」 そのあまりの強さに悲鳴を上げる。急に立ち止まったバランスの不安定さにしりもちをついた。 イメージしたのはトラック。そう言えばガキの頃トラックにひかれそうになったのをつかの間思い出した。さながら走馬燈のように甦る記憶。 「ちっ……外した」 しかし目の前にあったのはトラックのように武骨で巨大なものではない。むしろ華奢で小さいもの。 揺れる紅いポニーテール。その少し先でぶらんぶらん上下に揺れているのはトースト。すっきりとしたボディラインの持ち主は……。 「聖……?」 トーストをくわえた柳瀬聖だった。 「おはよう、竜ヶ崎」 聖はにっこりと笑っていった。やっぱり口のトーストは落とさない。器用だ。 あの圧倒的な衝撃はパンをふってできたものだったのか。どうしてパンがちぎれないのか不思議だった。でもそのことを気にしだすと昨日トーストで聖をうち倒した自分に説明がつかなくなるので考えるのをやめた。それより。 「なんでトーストなんかくわえてるんだ?」 「昨日のお返ししようと思ったけど失敗しちゃったわ」 「……わざわざ待ち構えていたのか?」 「べ、べっつに〜」 そっぽをむく聖からはわざとらしさがにじみ出ていた。 「だいたいトーストなんかくわえて恥ずかしくないのかね君は?」 「その言葉そっくりお返しするわ」 ふふん、と言う感じで得意げに笑いながら聖は言う。だが、甘い。 「俺は恥ずかしくない」 きっぱりと言いきった。 「え?」 「君はどうだ? 女の子がトーストくわえて登校なんて、恥ずかしいとは思わないのかね? ん?」 「あ、あなただって昨日は……」 「だから俺は恥ずかしくないと言った。いま問題にしているのは君がどう感じるか、だ。それで、どうかな? どうなのかな〜?」 「それはその……あうう〜」 「恥ずかしい」と答えたら恥知らず。「恥ずかしくない」と答えてもそれはそれでやっぱり恥知らずになってしまう問いに、聖はうめく。「答えずにごまかす」という選択肢は思いつかないらしい。昨日も思ったが本当に単純でしかも感情がすぐ顔に出るヤツだ。ギャンブルでは勝てないタイプだな。 まあでも、どっちかっていうとそういうのは短所と言うより長所だよな。なんて思ってみたりする。 ところで……。聖の口元でぶらぶら揺れるトーストを見ると、何か忘れているような気がしてきた。なんとなく口元が寂しいような……。 「! お、おい聖っ!」 「なによ急に大声出して……」 「上っ!」 「上……?」 ベシャ 聖が見上げると、そのタイミングに合わせたように顔の上に落ちてきたのは俺がさっきまでくわえていたトーストだ。立ち止まった拍子に悲鳴と共に頭上に放り投げる形になってしまったマイブレックファースト。長い滞空時間を経て聖の顔面に華麗に着地したのだった。……してしまったのだった。 「……またバターなの……?」 「ごめん、今朝はジャム」 上に向けていた顔を戻す。ずるりとトーストが剥がれ、その下から現れたのは半透明の粘液でべったりと彩られた聖の顔。色は赤。ところどころに粒も見える。今朝はイチゴジャムだった。 そしてトーストは地面に落ちた。さようなら朝食。今日も朝飯抜きか……。 ジャムの下に聖の表情は……なかった。ただその無表情から感じられるプレッシャーが何より雄弁に語っている。 怒りを。 やばい。なにかフォローしなくてはならない。 「聖……君は綺麗だ。今朝の君はきっと、日本一イチゴジャムの似合う女の子だ」 「そうなのありがとううれしいわ」 句読点も抑揚もない平坦な言葉の羅列がただひたすらに恐かった。 「竜ヶ崎?」 「どどどどうしたんだいイチゴジャム美人の聖さん?」 「どうやって責任とってくれるのかしらわたしとっても楽しみよ」 限りなく笑顔だった。たいへん恐ろしい。ただ謝るだけでは許してもらえそうにない。と言うより謝ることをきっかけに全力攻撃が開始されかねない雰囲気。理不尽だ。 とにかく、こうしたときは誠意を示さなくてはならないだろう。それも並の誠意ではダメだ。必要なのは誠意を越えた誠意。言わば超誠意。 「竜ヶ崎……?」 「わかった。……なめる」 「へ?」 「責任取ってそのジャムをなめ取る!!」 「えーっ!?」 立ち上がり、聖の肩をがっしりと掴む。そして真っ正面から顔を近付ける。この捨て身の献身こそが聖の高まった怒りに対抗する唯一の手段に違いないっ! 一瞬『俺本当はまだ寝てるのかも。だって考えてることがバカすぎる』とか思ったが気にしない! だってもう口に出した以上取り返しがつかないじゃないかっ!? ということで顔を近づけるのを続行。ベロベロベーと舌を出しながら接近する。 「やっ……竜ヶ崎、本気?」 「大丈夫……優しくするから……」 「そーゆーことじゃなくって……」 「綺麗にしてあげるよ……」 「そんな雰囲気出して言われても……」 あと3センチの距離まで接近。 ここにきて聖もようやく俺が本気だと理解したらしい。 その後の動きは素早かった。 視界の隅で聖の左手がブロック塀をなぞるのが見えた。次の瞬間その手の中にあるのは1メートル弱のハリセン。手首だけのコンパクトな動きでハリセンを振る。標的は俺の頭だ。全て見ていたからわかった。これはもうよけられないなあ……。 スパァン! 動きが小さい分、威力は抑えめだった。 横合いからの衝撃にあと一歩まで近づいた俺の舌は大きく軌道をそれ、それでも頭は惰性で前進、行き着く先は聖の耳。 「ひゃん!?」 耳に触れると聖は女の子っぽい悲鳴を上げた。 「うわ、うわ、うわぁ……新感覚」 「聖……耳にはジャムがついてないよ? では改めて……」 「いい加減にしなさいよっ……!」 この時点においても聖は口からトーストを離していない。もはや芸の域だ。 しかし感心している暇はない。どうやら俺の超誠意は通用しなかったらしい。逃げなくてはならないが、この至近距離では普通にやったらムリだ。 と言うことで耳に熱い息をひと吹きかけてみた。 「うやあっ!?」 隙ができた。一気に駆け出す。聖は耳が弱点らしい。憶えておこう。 と、走り出して数メートルもいかないうちになにかにぶつかった。そしてめり込んだ。さらにははじき飛ばされた。 「なんだーっ!?」 「あ、竜ヶ崎くんおはようなの〜」 後ろに吹き飛ぶさなか、ひなたの気の抜けた笑顔が見えた。 そうか。ひなたにぶつかってはじき返されたのか。 ああ、ひなた。君はなんて柔らかいんだ。そして弾力があるんだ。俺は吹っ飛んでるよ。まだ地に足がつかないよ。信じられないよ。 いや、その。 「ありえないだろこれはーっ!?」 「よく戻ってきたあっ!」 脇からの声。目に映るのはハリセンの白。はじき返されてもとの場所に戻ったことを理解する間もなく、 ズパァン! 一撃の下にたたき落とされた。 朝からひどい。それこそ、朝見た夢のことを忘れてしまいそうなくらい、あわただしい朝だった。 余談だが聖は最後までトーストを口から離さなかった。そしてちゃんと食べた。俺も見習いたいところだ。さしあたって……腹減った。 ・ ・ ・ 「とういわけで、今後ともよろしくっ!」 だくだくと涙を流しながら、俺は自己紹介の締めくくりを言った。 朝はひと騒動あったものの、辛うじて朝のホームルームには間に合った。 俺だけの自己紹介ではない。クラスのみんなが簡単ながらも俺に自己紹介をしてくれた。それが今滞りなく終わった。昨日の騒ぎも好意的に受け取られていたようだ。聖に真っ向から立ち向かった勇気は称賛されたし、男子からは『白いパンツをありがとう』という視線を送られた。 かくして、昨日の騒ぎからは想像も出来ないほどまともな自己紹介となったのだ。 当たり前のことを当たり前にできたことに対する感動に、俺は涙するのだった。 「それでは席についてくださいーっ」 先生の指し示すのは教室の中央に陣取る聖の二つ後ろ、横一つの場所。うん、そんなに目立たないし警戒される一番後ろでもないちょうどいい席だ。 さあいつまでも泣いていても仕方ない。涙をぬぐうと、俺の新しい席へと向かう。 隣の席はひなたがいる。笑顔で迎えてくれる彼女にかるく手を挙げてさわやかに返答。 「よお!」 元気よく声をかけてきたのはひなたの反対側のおとなりさん。たしか……荒木。そう、荒木だ。野太い声のがっしりした体格が印象的な男だ。自己紹介ではラグビーをやっていると言っていた。裏表のなさそうなこいつとはいい友達になれそうだ。 うん、いい感じだ。気分良く席に着く。 そして、紅茶を一口。 芳醇な香りが口の中に広がり、のどを過ぎて身体にしみこむ。程よい熱さが胸に心地いい。 ……ああ、俺は紅茶が飲みたかったんだ。 飲んでから実感する。やはり朝の騒動に自己紹介の緊張、さらにはだくだくと流した涙によって身体は水分を欲求していたのだ。まったくこんな時に飲む紅茶は格別だ。 ……ってちょっと待て。 俺は紅茶なんて用意した覚えはない。それも地味ながら細かい装飾が施されたこんな高そうなカップなんて持ってないし、だいたいこの上品な香りと味は俺が普段飲むような缶の紅茶やインスタントではありえないものだ。 唐突に背後に気配を感じる。なにか異質な気配。 振りかえる動きを迎えるのは、深々とした礼。 濡れ羽色の黒髪の上には輝くように鎮座するフリルのカチューシャ。黒のワンピースに白のやはりフリルのエプロンドレス。まぎれもなくメイド服。それを身に纏うのはもちろん……。 「名土先輩っ!?」 「おはようございます、ご主人様」 いつの間にか俺の斜め後ろに立っていた名土先輩は、さすがメイドチャンピオンと言った感じの完璧な挨拶。 教室が騒然となる。 「な、名土先輩だとおっ!?」 「うそあのメイドチャンピオンの名土メイ先輩っ!?」 「ご主人様って……竜ヶ崎がっ!?」 「転校二日目でご主人様なんて……ありえないぜっ!」 「どんなエゲツない手を使ったんだ、竜ヶ崎っ!?」 「弱みを握った? 写真? 写真なのかっ!? 焼き増ししろよっ!」 さっきまで和やかだった教室は一転して殺伐となった。しかもさっきまで悪くなかった俺の評価、急下降。 名土先輩は聞いた所によるとメイドチャンピオン。ということは学内でも有名人なんだろう。そんなひとが昨日来たばかりの転校生をご主人様と呼ぶ……それはまあ俺だって騒ぎたくなる。 いや、そんなところに納得するより、まず疑問を解決しなくては。 「なんでこんなところにいるんですかっ!?」 一応教室の中、そして上級生相手と言うことで丁寧語で話しかけてみる俺。でも口調は荒いのでいまいち意味がなかった。 「ご主人様にご奉仕するためです」 一点の迷いもなく晴れ晴れと答える名土先輩。そのセリフとその様はまさにメイドの鑑といった趣があった。 「だって授業時間でしょっ!? 先輩は授業に出なくていいんですか!?」」 「メイド学科の学生にとって、ご主人様にご奉仕することが授業となるのです」 やはり迷いなく答える名土先輩。どうしたものかと二宮先生の方に見ると……教壇にいたはずの先生は目の前にいた。 「わおっ!?」 「転校したばかりで事情の分からない竜ヶ崎くんに、先生が教えてあげますーっ。ほら、名土さんの胸をご覧なさいーっ」 先生の指示通り、見た。大きい。純粋な大きさではひなたの方に分があると思われるが、エプロンドレスを下から押し上げる大きな胸は、とても張りがある感じだ。メイド服越しにも形が良いことがわかる。いや、いい。いいと思う。ありがとう二宮先生。俺は人生で誰に恥じることなく女性の胸を見る機会を与えられたのは初めてです。感動です。 「胸をよく見ましたかーっ?」 「ええ、見ました。というか現在進行形で見ています。大きいことはいいことですねっ!」 「すけべーっ」 「ええっ!? 先生の指示でしょう?」 「先生が見ろと言ったのはーっ、胸についてるSSS(トリプル・エス)のバッチですよーっ」 「え? えとそんなものが……」 いや、そんなものは全然目に入らない。俺は胸が、胸が……って、あった。確かに名土先輩の胸には細かな装飾が施されたブローチがある。先生の言うとおり、アルファベットのSが三つ重なっているようなデザインだった。 「先生の言うことを鵜呑みにしてはいけませんーっ。指示を吟味し自分の考えで行動しなさいーっ。一の指示で百の成果をあげるよう努力しなくてはいけませんよーっ?」 「だから俺は胸を見ましたっ! 先生の指示以上にじっくりたっぷり気合いを込めて、胸を見ましたっ! 先生の想定する千倍は情熱込めましたっ!」 「ご主人様……」 名土先輩の困ったような声にはっとなる。 教室がわずかにどよめく。五割が軽蔑、三割が羨望、二割が尊敬といった感じの微妙などよめきだった。 「男らしい竜ヶ崎くんに、先生が教えてあげますーっ」 相変わらず場の空気をものともしない先生の説明が続く。 「じゃあ名土先輩のバッチは、メイド学科での最高ランク……」 「そのとおりですーっ。そしてSランク以上のメイド学科生徒は、そのメイドとしてご主人様に奉仕すること全てが授業となりますーっ」 「自主授業みたいなもんですか」 「はいーっ。Sランク以上の生徒は、技術が確立されて自分で独自に学んでいけると学校に判断されますーっ。SSSランクともなると、その行動に普通の教師ではあまり口出すことも出来ないんですよーっ」 「じゃあ、Sランク以上になったら遊んでてもいいってことになりませんか?」 「もちろん必ず受けなくてはならない固定カリキュラムはありますーっ。それに、遊びまわるような生徒はSランクにはなれませんし、もし遊んでたら試験で泣きを見るのは自分ですよーっ」 そうか。それはすごい。SSSランクとは。メイドチャンピオンの名は伊達じゃないらしい。感心した。同時にこのこの学校の制度に激しく疑問を抱いた。いいのか、これ? 「だから、私がここでご主人様にご奉仕させていただくことに問題はありません」 名土先輩が静かに告げてくる。その声には勝ち誇ったような響きはなく、ただ控えめに事実を告げていると言った感じだった。その辺はさすがメイドという感じだった。いや、だからといってこの状況はまずい! 「ちょっと待てっ!」 「そんなに興奮なさっては体に良くありません。紅茶もう一杯いかがですか? 気分が落ち着きますわよ」 どこからともなくティーポットを取り出す名土先輩。芳醇な香りが舞う。確かに今の紅茶はうまかった。そうだな、もう一杯……って違う、先輩のペースに巻き込まれてどうするっ!? 「そんなのはいらないっ!」 「コーヒーの方がお好みでしたか? でしたらすぐご用意させていただきますが……」 「ふざけんなっ!!」 叱咤の声に、ピタリ、と名土先輩の動きが止まる。ティーポットをゆっくりと置くと、こっちを伺うようにじっと上目遣いに見る。その様子は叱られた子犬を思わせた。 ちょっとかわいそうかな、という気持ちにもなってくるが……いや、そんなことじゃダメだ。昨日はあそこまでハッキリ断ったのに今日はこうして堂々と行動してくる人だ。甘いことは言っていられない……。 などという考えを中断させる声が周りから襲いかかってくる。 「うわひでー」 「最っ低……!」 「あんだけ胸じっくり見ておいてっ……!」 「メイドチャンピオンにあの言いぐさ……何様のつもりだ?」 「転校生だからってなんでも特別扱いされると思ったら大間違いだぞ」 う、みんな名土先輩の味方なのか? と……。 「見損なったぞ」 やけに近い声の方を向けば、そこには荒木。こいつとはいい友達になれると思ったのに……。泣けてくる。 だいたいこんなに教室中が騒いでるのに、学級委員の聖はなにをやってるんだ? 教室のまんなかあたり、聖の席を見る。 俺の視線は聖のジト目で迎撃された。 朝のことを根に持ってるのだろうか? そういえば昨日のことは結局あんまり詳しく話していない。へんな誤解をされてしまっている危険性も……。シンプルに名土先輩の胸を褒めたせいなのかも知れないが。 そうだ、ひなたは? 「がんばるの〜」 なにやら握り拳をふたつ口元に作って俺のことを応援していた。ありがとう、ひなた。でも君はなにか微妙に勘違いしているような気がする。今日もあくまで傍観者ポジションなのか。しかも『隣の席』イコール『プラチナ席』ということでご満悦なのか。もっと直接的な応援が欲しいぞ? そんな中、名土先輩が動き出す。 「ご主人様、私……私……」 涙を瞳一杯に溜め、切なげに見つめながら語りかける。 これはずるい。周りの状況を利用して、俺をなし崩しにご主人様にするつもりかっ!? ……ちょっと考え方がひん曲がってきたような気もした。この人は本当に泣きそうなのかもしれない。だが、だがしかし! ここで隙を見せては泥沼になることは必至だ! 心の底のいじわるを総動員、精一杯顔を渋面にする。 「少しは俺の迷惑を考えてくれよ」 「私はメイドチャンピオンとしての義務と権利に則って行動しています。ご主人様には迷惑をかけてなんていません」 「これでも、か……?」 両手を広げ、クラスの状況を見せる。自分でもイヤになるほどの険悪な空気だった。 「あ、その、これは……ご主人様が、私のことを……」 「ほう? ご主人様が悪い、と? ご主人様に罪を着せるなんて、偉いメイドもいたもんだな」 「あ! あの……あの……!」 しどろもどろになる。うつむかせた顔は上気して真っ赤、呼吸も荒くなっている。目にも涙を一杯にためて、なんだか今にも泣き出しそうだ。そんな様子の先輩に罪悪感がわき上がってくるが、ここで甘い顔を見せるわけにはいかない。心を鬼にして続ける。 「冗談だよ。名土先輩は『ご主人様に罪を着せる』なんてことをやっていない」 え? と名土先輩は驚いたように顔を上げる。 「だって俺は、ご主人様じゃないからな」 「ああっ……!」 そうだ。そもそもその前提があったんだ。 致命的な指摘を受け、名土先輩の身体がピクンと震える。顔の上気が増す。 「忘れてはいないだろ? 昨日きっぱり断った。俺は先輩のご主人様になった覚えはないっ!」 「……!」 自らの身体を抱きしめて、身を震わす先輩。相当ショックな様子だ。 かわいそうには思う。だがここで止まるわけには行かない。 「さっき先生の説明にあったよな? ご主人様に奉仕するんなら授業扱いになる……でも俺がご主人様でない以上、それは当てはまらないんじゃないのか?」 「それは……それはぁっ……!」 「今の先輩は授業をさぼってることになる。つまり、メイド以前に学生失格だっ!」 「あああっ……!」 言い切った。 先輩はひときわ大きく震えると、そのまましゃがみこんでしまった。 喧噪に包まれていた教室は静まりかえる。 名土先輩は俺の言葉に俯いて、震えて、なにか呟いている。 ……いくらなんでも言い過ぎてしまっただろうか。まさか立っていられなくなるほどショックだったとは。なにかぶつぶつ呟いているようだし……。 なにを言っているんだろう? 顔をちょっと近づけて聞いてみた。 「ああ……こんなにたくさんの人の前で……下級生の前で……私……叱られた……叱られちゃったぁ……あんなにきつく叱られちゃったぁ……」 何かを逃がさないためのように自分の身体を強く抱きしめ、震えながらそんなことを呟いていた。妙に熱っぽい声だった。 「すごい……すごぉい……こんなすごいの初めて……こんなのぉ……!」 ひとしきり呟くと、またブルッと震える。 ……聞かなければ良かった。あいかわらずよくわからないけど、この人またダメなことになってるーっ!? こんなのを教室に放置していいものだろうか? と、耳を澄ませたせいかまわりのひそひそ声も聞こえてきた。 「うわ、名土先輩泣いてるんじゃないか……!」 「ちょっと言い過ぎだよなあ……」 「胸見てたくせに……」 「ご主人様になるのことわるなんて……信じられない」 「名土先輩かわいそう……」 「あいつ……入ったばっかのくせに……」 ぐ……俺一方的に悪者にされてる? 確かに端から見れば名土先輩は身を震わして泣いているようにしか見えない。となると、怒鳴りつけた俺はさぞやひどいやつに見えてしまうことだろう。 まずい。この場でこれ以上話し合っても状況が悪化する一方だ。 俺は名土先輩の手を取った。 「あ、いま! いま触られたらっ……!」 なんか言ってるけど無視! 「先生! ちょっと話が込み入ってきたんで二人でじっくり話してきますっ!」 「ええ、許可しますーっ。存分に青春してきてくださいーっ」 あっさり許可が出た。まあ、いいと言うなら文句はない。俺は名土先輩の手を強く引いて強引に立たせる。 「あ! ダメ! いまそんなに強くしたらまたっ……! またぁっ……!!」 なにやらピクン、と一際大きく、震えたと言うより跳ねたと言った感じが握る手から伝わったように思えたがそんなこといちいち気にしている余裕はない。 そのまま先輩をひっぱって教室の外へと駆け出す。 ああ……今日もこんなことになってしまうのか……。 |
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