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ストレンジのーまるデイズ

第六話 暴走




 落ち着かなくてはならない。
 まずは今の自分はどう見えるのか考えてみよう。
 場所は屋上、季節は夏。時間は午後4時半ぐらいのはずだ。空が赤らむにはまだ早い時間。日射しが暑い。
 俺はその端の辺りに立っている。うん、これは普通。なんでもない。

「ご主人様ぁ……ご主人様ぁ……」

 腰の辺りから熱に浮かされたように繰り返される呟き。
 目をやれば俺の腰にしがみつくメイドが一人。艶やかな黒髪、その上に輝くフリルのカチューシャ。耳まで上気した真っ赤な顔を向け、夢みるような瞳を潤ませて俺を見つめている。上等そうな黒のロングスカートを今は屋上のコンクリの上に広げ、俺にすがりついている。
 メイド学科3年3組の、名土 メイ先輩だ。
 うん、客観的に認識することが出来た。俺は落ち着いてる。落ち着いてるぞぉ。

 それから目を逸らし――もとい、視線を移し、屋上の入り口を見る。入り口からここまで、距離にして5メートルほどだろうか。
 そこに立つのは白いリボンで結ばれた紅いポニーテールを揺らすスレンダーな少女。
 その手には1メートルあまりの長さのハリセン。
 クラスメイトの柳瀬 聖だ。
 猫のようなつり目をいまは驚愕に丸く開き、こっちの方を凝視している。心なしかワナワナと震えているような気もする。
 これも普通……だ。きっと。そうに違いない。
 深呼吸。落ち着け、落ち着けよ。大丈夫だ俺。

「はあっ……」

 腰の辺りから悩ましい吐息が聞こえたような気がしたが気のせいと言うことにして無視。
 と、聖の後ろからゆらゆらと現れたのは、

「なのなの〜」

 全身柔らかそうで、そのなかでも一番柔らかそうな胸がとても大きい。花春 ひなただ。
 彼女はゆらゆらと進むと屋上の中程、やや端で止まった。
 そこは俺と聖からちょうど等距離。どちらを見るにも適した場所。いわば傍観者席。
 いいなあ。俺もそこに行きたいぞちくしょう!
 ……って、こんな状況で落ち着いていられるかっ!
 現実逃避失敗。
 聖が来ればどうにかなるかと思ったけれど止まってしまった。名土先輩のことはどう言っていいか分からない。だから聖に説明することも出来なくてこっちから動けない。名土先輩はなんだかうっとりと満足したような感じでしがみつくばかりだしひなたは傍観者モードだ。
 どうすればいいんだ!? こんな訳の分からない……

「……わかったわ」
「え?」

 いつの間にか俯いた顔を上げると、その先には聖の姿があった。その瞳にもはや迷いはない。真っ向から構えるハリセンを立つ姿は凛として隙がない。
 かっこいい。
 素直にそう思った。

「竜ヶ崎……見直したわ」
「え?」
「その潔さにはわたしも感服したわ。全力で相手するわね」

 何を言っているのか分からない。
 呆然とする俺の前で、聖はしゃがむ。ハリセンを持っていない方――左の指で、つうとコンクリの床をなぞる。
 すると、聖の左手に握られたのはもう一つのハリセン。
 二つのハリセンを得て、聖は構える。左のハリセンを上段に引き、右のハリセンを下段、前へ。隙のない堂に入ったハリセンの二刀流だった。
 ……ちょっと待て。今重要なシーンがカットされたような気がする。

「待て聖っ! 今どこからハリセン出した!?」

 そうだ。今コンクリの床をなぞったら忽然とハリセンが出現したのだ。
 ”どこから出したか”。それが見えなかった。

「ああ……まだ話してなかったわね。わたしはいつでもどこでもツッコミができるよう、いろんなところにハリセンを設置してるのよ」

 当たり前のことのように聖が言う。いや、別にそんな備えがあるなんてことどうでもいい。それより問題なのは……。

「だから今どこからどうやって出したんだよっ!?」

 今見えたのは聖がコンクリをなでる動作のみ。それだけで聖の手の中にはハリセンが「出現」した。そもそも聖の撫でた箇所はその前と変わらずただのコンクリの床で、ハリセンを隠せるようには全く見えない。

「だから、置いておいたの。他の人に使われたらヤダから見えないように」
「だからどっからどうやって出したっ!?」
「どうやってって……タネも仕掛けもないわよ」

 その一言でこれ以上問いつめる気がなくなってしまった。
 タネも仕掛けもない。そう言われるとタネや仕掛けについて聞くのは野暮なことになってしまう。なにより、何となく『納得』してしまうものだ。
 マジック(と言うか奇術)に使う魔法の言葉だった。

「さあ、納得のいったところで……」

 右のハリセンを俺の方へ向ける。

「断罪するわよっ!」
「……はい?」

 会話になってない気がする。なにかがかみ合っていない気がする。

「聖、君はいったい何について話しているのかな?」
「だからわかったのよ。あなたの潔さが」
「……お前はこの状況をなんだと思ってるんだ?」
「だから! 竜ヶ崎が一時の気の迷いで名土先輩を毒牙にかけてしまった。その罪の意識に耐えられずわたしにとどめを刺して欲しい……そういうことなんでしょう?」

 うっすらと笑い、聖が一歩踏み込んだ。すげえ恐い。

「ちょっと待てどうしてそんな結論になるんだっ!?」
「そうとしか思えないわっ!」

 解釈しようのないこの状況。逆に考えると、解釈しようがなければどんな風に解釈してしまってもいいのかも知れない。
 ……って、よくないっ!

「落ち着いて状況を見ろよっ! 困ってるのは俺だっ! だいたい俺がそんなことでお前を呼ぶわけがないだろうっ!?」
「その潔い決断はわたしも感服したわっ!」
「だからマテって!」
「あなたのことはこれから先も忘れないっ! 最低と書いて”りゅうがさき”と読むことにするわっ!」

 うわ、会話になってねえ。
 ”理不尽”と書いて”ひじり”と読みたい気分になった。

「だいたいお前、さっき俺を叩くときは手加減してくれるって……!」
「ええ、手加減はわかったわ。どのくらいの力までで竜ヶ崎が大丈夫なのかわかった。でもね。どこまで手加減すればいいか分かったと言うことは、どこまでやれば殺れるかわかったということでもあるのよ……ほらよく言うじゃない? お医者さんは誰よりも人の殺し方を知ってるって……」

 そんな恐いことを微笑みながら語らないでください。

「行くわよっ!」
「待てーっ!!」

 聖が迫る。5メートルの距離を一瞬でゼロにする、正面にいながら見失ってしまいそうになる聖の踏み込み!
 回避は不可能。防ぐしかない。とにかく両手で顔をガードする。こんなもので何が変わるというものでもないだろうが、それでも俺は生にしがみつこうとしていた。
 だが、いつまで経っても衝撃はない。終わりはやってこない。
 おそるおそるガードを下げ、目を開く。
 シャンプーのいい香りがした。
 揺れる黒髪があった。なびくスカートがあった。黒のワンピースの背中に結ばれるのはエプロンドレスのリボンがあった。
 背を向け、両手を精一杯に広げて俺の前に立つのは……

「名土先輩……」

 いつの間にか俺の目の前に立つのは名土先輩だった。
 見れば先輩の顔の脇に見えるのはハリセン。当たる直前、聖が止めたのだろう。そうでなかったらきっと先輩は今こうして立っていない。聖のハリセンはそういう威力を持つ。

「先輩、どうして……?」
「私はメイドですから……」

 薄く微笑んだ横顔を向け、名土先輩は言った。その顔は少し青ざめていてその微笑みも弱いものだった。でも、その横顔は今まで見た先輩の中で一番綺麗だと思った。

「メイドですから、ご主人様が目の前で傷つくのを黙ってみていられません」

 身を挺してご主人様を守る――それはメイドの鑑と言うべき素晴らしい行為だ。感動的だ。
 だが。だが、違う。先輩は忘れていることがある。あるいはあえて見て見ぬ振りをしていることがある。
 それは、それは……。俺はご主人様になった覚えはない。って言うか断ったのに。
 とにかく、毅然と立ち向かう先輩に対し、聖は一歩下がりハリセンを突きつける。
 
「先輩……どかないと先輩ごと吹き飛ばしますよ!」
「どきません!」
「どいてくださいっ!」
「どきませんっ! ご主人様の為に、絶対にどくわけにはいきませんっ!」
「だからこれは竜ヶ崎のためなんだってばっ!」
「ご主人様のため……?」

 ちらり、と振りかえる。伺うような視線。そこで疑問を持つか?
 俺は全力で首を左右に振る。ハリセンでぶたれたくない。ご主人様でもない。二重の意味を込めて力強く首を横に振る。

「ご主人様は嫌がっておいでですっ! やはりここをどくわけにはいきませんっ!」

 努力したのに半分しか伝わらなかった。悲しくなった。
 伏せた視界の隅に見えたのは、ゆらゆらと揺れる影。そうだ、ひなた! ひなたもいた!
 ひなたはさきほどより近くにいた。最前列のプラチナ席といった感じの場所だ。うらやましいな、ちくしょう。
 こうなったら第三者から当事者にひきずりこんでやる。それに ひなたは聖とは幼なじみ。だったらこの状況をどうにかする術もあるかも知れない。
 
「ひなた! どうにか仲介してくれっ!」
「竜ヶ崎くんモテモテなの。ぷくー」

 よくわからない答が返ってきました。おまけになぜかむくれてますよ?
 
「えとあのひなた?」
「二人の女の子に迫られてうらやましい限りなのぷくー」

 片方はご主人様になれと迫ってきます。片方は俺の命に迫ってきます。これは端から見るとうらやましい状況なのでしょうか?
 
 ……なんだろう、この状況は。

 聖と先輩の口論は続いている。どくどかない、叩くのは俺のためいやそれは違うと言い争ってばかり。
 俺が騒動の中心になっているはずなのにその口論もなにも俺抜きで進んでしまっている。

「竜ヶ崎は自分のしたことを悔いているのよっ! 叩かなきゃ! 叩いてあげなきゃダメなのよっ!」

 俺はそんなこと一言も言っていない。その勘違いを押し通す気なのか、聖?

「ご主人様を護るのはメイドの義務ですどうあってもここをどくわけにはいきません」

 俺は先輩のご主人様になんてなった覚えはない。なんで自分の理想を前提に話をするんだ、名土先輩?

「竜ヶ崎くんモテモテなのぷくー」

 この状況はまったくもってモテモテじゃない。状況をわかってるのか、ひなた?

 なんだよこれは。みんな俺を見ていない。俺を見ないでまわりの状況を勝手に誤解している。なんだ、なんだ、なんなんだよ……!
 変な状況に、俺だけ置き去りににされてるみたいで……。

 置き去り。嫌な言葉だ。

『だから、あなたはわたしについて来れないのよ』

 胸に突き刺さる、言葉。信じていたはずの人の、信じられない言葉。
 急に、”あの日”の、言葉が、胸に、甦って、なんで、今……!?
 
『わたしの進みたい場所には、あなたのレールの先にはない。だから、わたしは歩いて行くの。自分の足で進みたいの』

 違う。俺は、僕は、決められた道を、歩きたかったんじゃ、ない。
 
『あなたはあなたのレールの上をただ進めばいいわ。得意でしょ?』

 違う、僕はがんばったんだ。君と、君と一緒に……!
 
『さようなら……けっこう好きだったよ、あなたのこと』






「うるせーっ!」

 いらだちは叫びとなって外に出た。自分でも驚くほどの大声だ。声の大きさにみんなビクリと震えて動きを止める。
 聖は目を見開いて先輩越しに俺を見る。先輩は首をこちらに向け停止。ひなたはゆらゆらと揺れているだけで動きがない……ってたぶんそれがひなたの静止状態なんだろう。
 みんな動かない
 だが俺は止まらない。止まれない。止まれるわけがない!
 まず聖の方へと歩む。その手からハリセンを奪うと、
 
 スパァンッ!
 
 思いっきり叩いた。いい音だ。

「な、なにをっ……!」
「この短気! 早とちり! 貧乳ナイチチツルペタ白パンっ!」

 真っ向からガンガン一方的にまくし立てる。

「俺は先輩とやましいことなんてしてないっ! ただ先輩の様子がおかしくなって『ご主人様になってくれ』とかせがんできて! どうしようもなくなったからお前を呼んだだけだっ! いきなりとんでもない断定するなっ! 話聞けよバカッ!」

 勢いに任せて一気に言い切る。聖は目を白黒させるばかりだ。
 次は先輩だ。振り向きざまに
 
 スパァンッ!
 
 今度は先輩の頭を思いっきりたたく。
 
「あんっ……!」

 微妙に悩ましい感じの声が聞こえたような気がしたが無視。
 なにが起きたか理解できないような顔。この人はこんなふうに叩かれるのが初めてなのかもしれないと頭の片隅で思う。
 
「ご主人様……?」
「”ご主人様”じゃないっ!」

 言うと、先輩はヒッと息を呑む。
 
「俺ははっきりご主人様にならないと言っただろっ!」
「そんな、私っ……」
「守ってくれたのはありがたいが、だからって勝手に俺をご主人様にするなっ! 迷惑だっ!」

 ああっ、と一声あげると先輩はへたり込んでしまった。屋上のコンクリの上に座り込み両手をついてかろうじて身体を支え、ふるふると震えている。またなにやら呟いているような気がしたが聞かないことにした。
 まだ、微妙に言い足りない気がした。
 今度はひなたのほうを向く。
 
「ひなたっ!」
「え? わ、わたしなの?」

 スパァンッ!
 
 容赦なく叩いた。感触は柔らかかった。一瞬首が陥没してビックリしたが、すぐもどったので安心した。
 
「な、なんでなの〜?」
「ちゃっかり傍観者モードに入るなっ! 俺がうらやましいだろっ!?」
「理不尽なの〜」

 言うだけ言って、ようやくすっきりした。
 だんだんと熱くたぎっていたものが冷めてきた。
 三人は呆然として、無言。
 笑みが漏れた。
 たぶんそれは苦笑なんだろう。
 何を俺はえらそうに言ってるんだろう?
 聖は俺が助けを呼ぶとすぐに駆けつけてくれた。その後の誤解はどうかと思うけれども、それでも俺のことを心配してくれていたのは確かだ。
 名土先輩も身を挺してかばってくれた。へんなところはあるけれど、メイドとしてはやっぱり立派でいい人だ。
 ひなたに至ってはとばっちりみたいなものだ。
 そんな三人に俺は言いたい放題怒鳴り散らした。
 でも、悪かったなとは思っても罪悪感と言えるほどのものはわき上がってこない。
 だって、譲れないものがある。そうだ、譲れないものがあるんだ。
 
「お前らに言っておく!」

 なにがすっきりしただ。一番肝心なことを言っていない。
 
「俺が何なのかは自分で決めるっ! 勝手に決めるなっ!」

 自分が自分だと言うこと。それを自分で決めてしまえること。その開放感。それが嬉しい。何より嬉しい。なんだ、これは苦笑じゃない。嬉しいから笑ってるんじゃないか。
 なんてひどいやつなんだ、俺は。
 人に言いたい放題言って、それで自分だけは笑ってる。本当にひどい。ひどい、ヤツだ。
 自嘲と開放感と喜びと、それらが混ざって自分でもよくわからなくなる。
 さっきよりどうしようもない状況なのかもしれない。でも、
 
「はい、わかりました」

 どこかキョトンとした感じの聖の答えが返ってきて、その場は終わった。





 学校からの帰り道。
 結局あの場を去る俺についてきたのは聖とひなたの二人。先輩はそのまま屋上に残った。へたり込んだままだったのがちょっとだけ心配だったけど、まあ大丈夫だろうと思う。なんとなく。なぜか、確信に近いものがあった。

「ねえ、竜ヶ崎?」

 後ろを歩く聖が、遠慮がちに問いかけてくる。振りかえると聖の苦笑があった。

「さっぱりした顔ね」
「言いたいこと言ったからな」
「ほんと……あなたってば言いたいことをとことん言うのね」

 聖が苦笑を深める。ほおにえくぼができた。なかなかかわいい。
 と、聖はつり目をキッときつくする。
 
「でも、わたしだって言わせてもらうわよ。確かに変な誤解をして悪かったと思うけど、ちゃんと説明しないあなただって悪いのよ?」
「そんな暇あったかよ」

 軽い調子でそう言うと、聖は頬を膨らましてむくれた。なんか、ホントにすぐに表情が変わるヤツだ。
 
「それに……どさくさに紛れて言いたい放題言ってくれたわね……!」
「そんなに言ったか?」
「貧乳とかナイチチとかツルペタとか二次元胸とか……!」
「そこまで言ってなかったと思うが……」
「あれだけ言えば同じことよっ! 竜ヶ崎流に言うとね……わたしもわたしを自分で決めたいわ。かってに貧乳とかレッテルを貼らないでよ」

 そんなことを言うので、じっとその胸を見た。薄い。薄いなあ。
 
「俺はまちがったことを言ったつもりはない」

 断言した。

「な、なによ……いやらしい目つきね……!」

 恥ずかしげに胸元を押さえながら聖は後ずさる。
 とても女の子っぽい動作だと思った。
 その仕草も。ころころと面白いように変わる表情も。紅く染まる頬も。すぐ怒るところも。

「かわいいよな」
「え?」
「胸のことなんか気にするなよ。いいじゃないか。お前の場合は欠点にならないよ、それ」
「な! な? なに言ってるのよ……!?」

 すごく恥ずかしいことを言った。でも、なんかそんなに気にならない。今ならなんでも言えそうな気になる。自分をムリに縛る必要はない。俺は、どうであろうと俺だ。
 でも気にならないのは目の前にもっと照れてるやつがいるからだろうな。顔を真っ赤にしてあたふたとする聖は、見ていてちょっと面白い。
 と、手を引かれる。するとその先には不安げな顔をしたひなたがいた。
 
「竜ヶ崎くん胸の小さい方がかわいいとおもうの? 好きなの?」

 目の前で大ボリュームの胸が揺れた。
 
「いや、断然巨乳! 大きい方がいいっ!」
「なんなのよそれはーっ!」

 スパーンッ!
 
 最後には、やっぱり叩かれた。
 すごい音がしてかなり痛かったが、それでも後に残るダメージはなかった。
 聖が手加減を覚えたというのは本当らしい。
 これは、きっと。

 ――明日からも、大変だ。

 そう、思った。


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