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食卓まつり肉まつり



 ひとつのテーブルがある。
 いや、足が短く和風なそれは、テーブルというよりちゃぶ台といったほうが近いだろう。
 そのちゃぶ台を三人が囲んでいる。
 どこか懐かしくて、どこか暖かい……そんな楽しげな空気があった。

「姉さん、まだかな」

 呟いたのは、温和な微笑を浮かべた少年。名を優也(ゆうや)という。この家の長男だ。落ち着いた雰囲気とその穏やかな物腰が年齢をわからなくさせるが、まだ高一の少年である。

「おねーちゃん、すっごく楽しみにしてたから気合いいれて準備しているんだよ」

 ころころと明るい笑顔を見せながら優也の隣に座る少女が楽しげに言う。
 ふわふわとした赤みがかった髪、ややたれ目がちな瞳が中学2年ということを差し引いても幼い印象を与える、次女の奏恵(かなえ)。その表情は、天使のように可愛らしい無邪気な笑顔。

「けっ! どーせいつもみたいに自分ばっかり食べる気でいやがるんだぜっ!」

 そっぽを向きながら愚痴る少年。短く切りそろえた髪と生意気そうなツリ目。子供っぽい勝ち気さを見せるのは、次男の勝也(かつや)。次女の奏恵と同じ中学2年だが、遅生まれでこの三人の中ではもっとも年下だ。

「おまたせしました」

 そう言って入ってきたのは、部屋に入ってきたのは、長女の静香(しずか)。
 フレームの細い眼鏡に豊かな黒髪。日本的な顔立ちは美しく、物怖じしないまっすぐとした視線は見るものに凛々しさを感じさせる。
 その手の中には鍋――スキヤキ用の底の浅い鍋がある。

「さあて、それでは今日のメインイベント、スキヤキ大会を始めますっ」

 メガネのレンズをキラリと光らせ、朗らかに宣言した。


 四人は兄弟だ。高二の長女静香。高一の長男、優也。次女の奏恵と次男の勝也は中学2年生。
 共働きで留守しがちな両親に代わり、長女の静香がいつも料理洗濯をこなしている。そして、食費をやりくりして……静香はようやく今夜。四人がスキヤキを食べるだけの食費を捻出したのだった。両親は今夜も不在。ナイショのスキヤキなのだった。

「というわけで……3ヵ月の努力と忍耐の成果が身を結び、ようやくこうして私たちの手でスキヤキ大会を出来ることになりましたっ」
「けっ、努力したのも忍耐したのも姉貴じゃなくて俺たちだぜっ……」
「で、どうして”大会”なのかな?」

 勝也の呟きを遮るように、温和な笑みを浮かべ優也が聞く。すると静香はためらわず、

「こんなめでたいことは大会というほかありません」

 当り前の常識について言うように、ためらわず迷いなく静香は言いきった。自信たっぷりなその様子に、優也は肩をすくめる。

「どうでもいいから早く始めようぜっ」

 と、すばやくスキヤキ鍋へとハシを繰り出すのは勝也。もうすでに鍋は程よく煮えており、実際みんな待ち望んでいたのだった。
 しかし……。

「こら」

 勝也のハシを、静香はハシでもって押さえつける。

「がっつかないでください」
「なんだよ邪魔すんなよっ」

 勝也はすばやくハシを引くと……次の瞬間、静香のハシを避けカーブを描くようにスキヤキ鍋へと繰り出した。
 しかし、それも静香のハシによって撃墜される。

「くそっ……!」

 今度は三連撃。はじめの二つはフェイント。三撃目が本命。
 またたき一つの間に放たれたそれを阻むものはないように思えた。
 しかし……ハシはスキヤキに達することはなかった。
 フェイントは意味をなさなかった。三連撃全てが姉のハシによって打ち落とされたのだ。
 おまけにハシを持つ手まで叩かれた。高速の三連撃は神速の四連撃で阻まれてしまったのだった。
 痛みと痺れにハシを止め、勝也は恨めしそうに姉を睨む。

「痛え……痛えぞ姉貴……」

「お行儀悪いことするからです」

 ハシでハシを打つというのも相当行儀が悪いと言えるが、それにまったく頓着せず姉は言葉を続ける。

「それに、私より先に箸をつけるなんて許しません」

 つい、と人差し指でわずかにずれたメガネの位置を直し、その指をそのままぴっと立てる。
「いいですか? このスキヤキを計画したのは私。食費をやりくりして計画を実行に移したのも私。そもそもこの家の、食べ物に関しての財布のヒモを握っているのも、実質的にこの私。したがって……」

 ゆっくりと、立ち上がる。そして演出ぶったしぐさで両手を広げると、

「今このときこの場この瞬間、私は神ですっ!」

 と、言いきった。

「わあ、おねーちゃんすごーい」
「ああ、これはもう拍手するしかないね。……傍観者として距離をおくために」

 素直に感心する奏恵と、あきれた様子の優也。
 拍手が二つ、うつろに響いた。
 その拍手に応えるように、薄い胸を精一杯に張ってふんぞり返る、静香。
 だが、一人。この流れに反する者がいた。

「おまえバッカじゃねえのっ!?」

 勝也だ。

「……なんですって?」
「なあにが神だっ! 紙みたいに薄っぺらい胸のやつが何いってるんだかっ!」
「な、なにをいってるんですか?」

 静香は恥ずかしそうに胸元を押さえる。だが……勝也の言葉どおり、押さえるほどの質量がそこにはなかった。

「ねえ、はやくみんなで食べようよう。早くしないとなくなっちゃうよ」

 奏恵の無邪気な声に目をやると……。

「ああっ!? 奏恵っ!? あなたなにちゃっかり食べ始めてるんですかっ!? それももうそんなにお肉をっ!?」

 静香の言葉どおり、奏恵のとり皿の上にはこんもりと肉が積まれている。

「おねーちゃん、奏恵は肉をたべちゃだめなの?」

 うるうると瞳を潤ませる奏恵。穢れない純粋無垢な視線に耐え切れず静香は視線をそらす。

「そ、そんなことありませんけど……」
「そうだよ。奏恵は育ち盛りなんだからしっかりお肉を食べないとね」
「って優也もなにを食べ始めているんですかっ!?」
「何を言ってるんだい姉さん。鍋は……」

 言いつつ、またスキヤキ鍋へとハシを伸ばす優也。

「早い者勝ちだよ?」

 ゆっくりと、でもしっかりと。新たな肉をつかみつつ、優也は言う。
 愕然とする静香。
 しかし視界の隅にやはり鍋にハシを伸ばす勝也を認め、動き出す。

「そうですね……そうですっ。そのとおりですっ!」

 言うと、静香は猛然とハシを繰り出した。

「肉は私が食べるんですっ! そのために今日は奮発していいお肉を買ってきたんですからっ!」

 猛然と、食べ始める。
 すさまじい勢いで肉をとる。とる。とっていく。
 だがそれは他の三人も同じこと。
 四人姉弟が手加減のない食欲に、鍋の肉は早くも底を着いた。

「おにくもうないよーっ?」
「今日はたくさん買ってあるんですっ! 第二弾行きますよっ!」

 すばやく肉を足す静香。この事態を想定していたのか、すでに追加の肉は手元に用意してあった。なんだかスキヤキと言うより焼き肉のようなノリだ。
 この展開自体は静香にとって予想通りだった。しかし予想外だったのは、先ほど出遅れてしまったこと。そのせいで予定していたほど食べることができていない。

(次はしくじるわけにはいきません……!)

 じっと鍋を見つめる。ひどく真剣で切羽詰った視線。お肉においしく程良く火が通った瞬間に、誰よりも早く多くハシを伸ばすための視線……!

「なあ、姉貴?」
「なんですか? 今忙しいんです。緊急の要件でなければ後にして下さい」

 視線を微動だにせず、口だけで勝也に答える静香。その必死さは痛々しい程で、実際優也はそんな姉の姿にどこか哀れんだような目を向けていたりする。
 しかし、勝也の問いは終わらない。

「なんでそんなにスキヤキの肉にこだわるんだ?」
「べつにこだわってなんていません」
「いちおう言っておいてやるけどな」
「なんですか?」
「……いくら肉喰ったって、その胸は大きくならないぜ?」

 その言葉に、初めて鍋から視線を外す姉。
 鬼でも殺せそうな眼を向けられ、勝也の体は自分でも意識しないうちにビクリと震えた。

「なにを、いって、るんですか?」
「いつもがっつきやがって、そんなことしても無駄なんだよ、この……」

 恐怖を振り払うように、叫ぶ。

「胸だけ二次元っ!」
「……なんですって……!」

 ゆらり、と静香は立ち上がる。それに答えるようにすっくと立ち上がる勝也。気配を察し、協力してちゃぶ台を部屋の隅へと移動させる優也と奏恵。
 みな、慣れた動きだった。いつものことらしい。

「勝也……そんなこと言ってタダで済むと思っていますか……?」

 地獄の底から響いているんじゃないかと思わせる姉の声に、しかし勝也は怯まない。
「それはこっちのセリフだっ! いっつもメシつくってるからって食事の時ははばきかせやがってっ! さっきだってお前のせいで手が痺れて、あんまりニク喰えなかったんだぞっ!」
 バン、と机を叩く。そして人差し指を静香に突きつける。

「今日こそ引導を渡してやるぜっ!」
「つまらない遺言ですね……」

 言葉と共に、ひたりと静香が間合いを詰める。
 一瞬。二人の動きが止まる。訪れる沈黙。高まる緊張。優也も奏恵も、そのさまから目をそらせず……でもしっかり肉と春菊と豆腐を食べながらこの対決を見る。
 そして。
 緊張がはじけた。
 交錯は一瞬。打音は一つ。
 そのあと倒れたのは……勝也だった。

「なんです……? いつもとかわらないじゃないですか?」

 見下すように微笑む静香。

「へっ……ただ殴られたわけじゃないぜ……これ、なんだと思う?」

 倒されたわりにしっかりとした足取りで立ち上がる勝也。その手の中には、小さな布きれ。それは……。

「ぱ、パンツ!?」
「そう、姉貴のパンツだっ!」

 鬼の首を取ったように頭上に高々とパンツを掲げる勝也。微妙にかっこいいのか情けないのかわからない姿だった。

「さすがの姉貴も、パンツはいてなきゃ恥ずかしくって満足に動けないだろう?」
「くっ……卑怯ですっ!」
「何とでも言えっ! 俺は……勝つっ!!」

 勝也が姉に迫る。

「ああ、恥ずかしくて戦えません……」
「とどめだーっ!」
「……なあんて言うと思いましたかっ!?」
「なにぃっ!?」

 轟音が二度、響いた。
 一つ目は殴られた音。二つ目は畳に叩きつけられた音。どちらの発生源も勝也の頭だった。

「ぐおおおおおおおおおっ……!」

 痛みにのたうちまわる勝也。

「くそ、どうしてだ? 姉貴はノーパンでも恥ずかしくないのか?」
「本当に愚かですね、あなたは。……得意そうに手に持っているものをよく見てごらんなさい」
「え……あ、これはっ!?」
「そう、それは……」
「俺のパンツだーっ!?」

 勝ち誇る姉。痛みに震えながらも愕然とする弟。
 その二人の様を、鍋をつつきながら傍観……と言うか、のんびり観戦していると言った感じの優也と奏恵。ふと、気づいたように奏恵は呟く。
「おねーちゃん、ノーパンじゃないのはいいけどパンツが見えちゃうのは気にならないのかなあ……?」
「ああいうものは本人が気にしなければ気にならないものなんだよ」
「でも、勝也ちゃんはおねーちゃんのパンツをとったはずなんでしょ? それなのにどうして勝也ちゃんは自分のを持ってるの?」
「ああ……それは簡単だよ。姉さんは自分のパンツの上から弟のパンツをはいていたんだよ、きっと」
「わー、変態だー」
「違いますっ!」

 優也と奏恵の会話に、静香が激しく振り向いて割り込む。
 ちなみに振り向く速さに短めのスカートがまくれ上がりちょっとパンチラしていたが、それはやはり気にならないらしい。

「私は、あの一瞬でパンツを抜き取られるのではなく、逆に勝也のパンツを抜き取って握らせたんですっ!」

 凄まじい早業だ。しかし……。

「わー、やっぱり変態だー」
「………」

 妹の素直な感想に、姉はなにも言えなくなった。耳まで真っ赤になっている。
 逆に勝也は青くなっていた。下を向き、ぶつぶつと呟いている。

「そんな……クラスの女子全員を敵に回してまで会得した必殺技が、こんなに簡単に破られるなんて……」

 その落ち込む様を横目に、奏恵は優也に耳打ちをする。

「うちのクラスのみよちゃん、こないだまで勝也ちゃんのこと『かっこいい』って言ってたけど……昨日ぱんつ脱がされて『もう信じられない』って泣いてたよ」
「それは……なんていうか、悲しいことだね……」

 内緒話を後目に、静香はゆっくりと勝也に向き直った。

「さて……勝也。お姉さまを辱めた罪は重いです。相応の罰を受けてもらいますよ……?」

 ゆっくりとした動作で、そのメガネを外す。

「本気で……いきますよ?」

 ゆらり、と勝也へと進む。脅えたように後ずさる勝也。しかし、そう広くはない居間のなか。すぐに逃げ場を失ってしまう。
 そして、いくつもの打撃音が響いた。

「おねーちゃんてどうして本気出すときはメガネ外すのかなあ?」

 お肉と春菊を口に入れつつ、優也に問いか返る奏恵。優也は優也で豆腐とお肉に舌鼓を打っている。

「ああ、奏恵は知らなかったのかい? 姉さんは近眼だからね。メガネをはずすと近くのものの距離感がなくなるんだ」
「それで、どうして強くなるの?」
「距離感がなくなるから、距離に縛られない全距離全方位の攻撃が可能となるんだよ。ほら、見てごらん」

 バキバキドカカと殴られる勝也。対する静香は、手も足も届かないはずの間合いから、霞むほどの速さで手を繰り出している。

「俺はいつもどうやって殴られてるんだーっ!」

 理不尽の中、勝也の悲鳴がこだましていた。
 それをみて、奏恵はうーんと考えて、

「その説明は無理があると思うの」
「それじゃ、胸の大きさと引き換えに得た奥義だってことにしとこう」
「あ、それならちょっと納得」
「あっはっはっ、それは良かった」
「なに好き勝手言ってるんですかっ!?」

 団欒する優也と奏恵に大声で割り込んだのは静香だ。メガネをかけ直しつつ荒い息を無理矢理整えている。

「やあ姉さん、もう終わりなんだ」
「ええ、もう充分殴りましたし」

 その背後では、倒れた勝也がピクピクと痙攣している。しばらくは動けないだろう。

「それに、スキヤキを食べないと……!?」

 静香は言葉を失った。
 スキヤキ鍋。具で満載されていたはずのそれは、もう底が見えるほどに中身を減らしていた。
 まだ、春菊がある。葱も何本か浮いている。豆腐だって欠片ぐらいは残っている。だが……肉は、ひとかけらもなかった。

「どうして……?」
「ごちそうさまでした」
「でしたーっ」

 楽しげに言う、優也と奏恵。
 信じられないものを見るような目で、二人を呆然と眺める静香。

「どうして……?」

 同じ問いを、呆然と繰り返す。

「やだな、言ったじゃないか。……『鍋は早い者勝ち』だって」

 ゆっくりと穏やかに言う優也に、

「どうしてですかーっ!?」

 猛然とくってかかる静香。その瞳には涙が浮かんでいる。

「どうしてどうしてどうしてですかっ!?」
「姉さん……」
「返せ戻せ吐き出せーっ!」
「姉さん……認めるんだ」
「なにをですかっ!?」
「姉さんは負けたんだ」

 その一言に愕然と膝をつく。がっくりとうなだれる。
 わかってしまったのだ。もう、食べられてしまった肉はもどってこないと。どんなに叫んでも、どんなに殴っても、戻ってこないと。その喪失感が、静香から追求する気力を奪ってしまっていた。

「あんまりです……この日のためにお小遣いをやりくりして食費もわからない程度に微妙にケチって……勝也のハンバーグなんて微妙に空洞を作って通常の半分の量で済ませて節約したりしていたのに……」
「そんなことやってたんだ……」
「この日を楽しみにしていたのに……」
「どうして負けたのか……わかるかい、姉さん?」

 肩に手を置き、穏やかに問いかけくる優也に静香は顔を上げる。

「どうして……ですか……?」
「二兎を追うものは一兎も得ずって言うよね? でも、一兎を追うためだからと言って他のなにもかもかなぐり捨てていいわけじゃないんだ。姉さんは、もっと大切なものを見なければならなかったんだ」
「大切なもの……?」
「そう。こうして姉兄弟みんなでスキヤキの鍋を囲む……スキヤキ自体よりも、そのことが大切だったんだ。それを忘れたから、姉さんは負けてしまったんだ」」
「そうなの……?」
「そうさ」
「そうだったの?」
「そうだったんだよ」

 殴り合う姉と弟を後目に悠然と食べていた優也がそんなことを言えた義理ではなかったが、喪失感に思考能力を失っている静香は気がつかなかった。

「私は間違っていたんですね……」
「それに気がつくことができたんならいいじゃないか。過ちは誰だって犯す。間違えたら、やりなおせばいいんだよ」
「でも……」

 ちらりと、スキヤキ鍋に視線を戻す。
 そこにはスキヤキの主役である牛肉が一片もなかった。これではスキヤキとはいえない。みんなでやり直すことなんてできそうにない。

「肉のことなら大丈夫。こんなこともあろうかと、僕のほうで用意していたんだ」
「ほ、ホントにっ!?」

 静香の顔がぱあっと明るくなる。
 優也はにっこりと笑うと、懐から油紙で包まれた両手で抱えるほどおおきな塊を取り出した。

「ど、どこに持っていたの?」
「さあこの肉を食べよう」

 問いかけを無視し、ゆうやはその塊を姉に手渡す。
 なんだか量はそれほどでもないのに不自然なくらいずっしりと重い。

「この肉……牛肉?」
「違うよ。『何処とも知れない産地直送の得体の知れない何かの肉』だ」
「何処とも知れない?」
「産地直送」
「得体の知れない?」
「何か」

 怪訝そうに問う静香。
 得意げに答える優也。
 手の中のものをこわごわと見る姉に、優也は得意げに語る。

「なんかおもしろいものが手に入ったんでみんなに食べてもらいたかったんだよ。こんなチャンスが訪れるなんて、勝也に奥義を伝授した甲斐があったよ」
「え? いまなんて?」

 静香が問いを口に出す前に。
 ビクリ
 急な感触がその疑問をかき消す。

「な、なにこの肉……動いてる……? っていうか跳ねたっ……跳ねたーっ!?」





 騒がしさに、勝也は目を覚ました。まだぼんやりとする頭を振り払うように、辺りを見回す。
 身体の節々が痛む。その痛みから、殴られてからあまり時間が経っていないとぼんやりと思った。
 場所は変わっていないようだ。居間。ちゃぶ台。そして……。

「ああ、とうとう地獄に落ちたのか、俺……」

 目の前では、赤くて紫色で黄色くて、なんだかそういうのがまじった妙に生っぽい、あえて言えば肉の塊みたいなものが激しくうごめいていた。でかい。大きさは並の大人よりでかい。そのでかさがなおさら現実感がない。でも、生っぽい。

「地獄って……やっぱり想像を超えた場所なんだなあ……」
「ちょっと勝也! 変なことつぶやいてないで手伝いなさいっ!」

 隣には包丁を持った姉がたたずんでいた。

「ああ……姉貴がいる……やっぱりここは地獄なのか……?」
「ああもうっ! ふざけないでくださいっ! これからあれを料理しますっ!」
「へ?」

 勝也は斜め45度に首をかしげた。

「なんだ……あれ……?」
「あれはその……産地直送のよくわからない肉が生で得体が知れないんですっ!」
「へ?」

 勝也は斜め90度まで首をかしげた。
 そのあからさまに事態を理解していないさまに、静香はいらついた声をあげる。

「だからっ……! 肉ですよ肉っ! なーまーにーくっ!」
「……それを……どうするって?」
「料理するんですってば」
「……なんで?」
「生だと食べられないからですっ」

 沈黙が、おりた。

「そうか、わかった」

 勝也は首を戻し、納得したように深くうなずいた。姉もようやく息をつく。

「わかったのなら早速手伝ってくださいっ! あれを料理しておいしくいただきますっ!」
「……これは夢なんだな……」

 そういうと、勝也はごろんと寝転んで目をつむった。典型的な現実逃避だった。

「ああもうっ! 使えない弟ですねっ! 優也はニコニコと傍観してないっ! 奏恵っ! かじっちゃダメっ! そこはまだ生なのよナマーッ!」

 そして、今夜も。
 四人姉弟の食卓は、賑やかに終わった。
 それは現代では失われつつある、幸せな家族の一場面だった。家族の暖かさを忘れてはならない……そんなことを思い出させてくれる、暖かな騒がしさだった。

「どこがですかーっ!? ってなんか生えてきた生えてきた、やっぱりナマだからーっ!?」





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