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発表日

終業式



 とにかく光音の気持ちを聞こう。

 結局のところ、俺は光音を拒絶しただけで自分の気持ちを伝えていない。相手の気持ちも聞いていない。橘の言う通り、本当に情けないくらい自分では何もしていなかった。
 でも、いざとなると決心が鈍くなる。
 昨日家に帰ると夕方近くで、さすがに光音の家まで行くのははばかられるように思えた。
 今朝。悩んで眠れなくて、気がつくと遅刻ギリギリ。全力疾走するなか、時間に余裕を持って登校する光音の姿は当然なかった。
 そして今。
 こうして終業式のため、体育館にいた。
 整然と並ぶみんな。どこか表情がゆるいのは、このあと待っているのが夏休みだからだろう。
 俺は違う。
 補習が待っているし、それよりなにより光音のことが気にかかる。
 光音は、いつも近くにいてくれた。
 思えば自分から会いに行こうという機会はなくて、俺はどうしていいのかわからなかったのだ。
 いや、わからないわけがない。ただ勇気が出ない。本当はきっかけなんかいらないはずのに、なにかそうしたものがないと動けないと思ってしまっている。
 本当に、情けない。
 でも、これがラストチャンスだ。
 終業式には全校生徒が集まる。当然光音もいるはずだ。さっきから探しているが、背の低い光音は前の方に並んでいるのかわからない。だが、クラスは分かってるし前にいるのは明らかだからおおざっぱな位置は分かる。
 終業式が終わったら呼び止めよう。もしかしたら光音は嫌がるかも知れない。それでも話そう。とにかく、話そう。
 何を話せばいいか昨日からずっと考えている。正直まとまりきらない。でも話さなくちゃなんにも始まらない。もう逃げるのは……ダメだ。今日逃げてしまったら、きっと俺はいつまでも光音と話すことが出来ない。
 そんなことを考えている間に校長先生の長話は終わっていた。次は……。
 
「山田生徒会長からお話しがあります」

 山田生徒会長。その人望の厚さからなるべくして生徒会長になったと言われる人だ。生徒会の活動も精力的にこなし、今年卒業することがもっとも惜しまれている人の一人。俺もこの人のことはすこし尊敬している。
 でも、今日ばかりはそのありがたいお話しも早く終わって欲しかった。
 
「夏休みの前に、私からみなさんに贈りたいものがあります」

 生徒会長の第一声に違和感を覚える。
 卒業式ならそういうセリフも分かる。しかし、夏休みを前にして何を「贈る」というのだろうか。
 なにより、なんだか長引きそうに思え嫌になる。
 
「まず……みなさんに聞きたいことがあります」

 生徒会長はそこで一旦言葉を切ると、大きく息を吸った。
 そして、

「君達の心の中に、天使はいるか!?」

 朗々と、全校生徒に問いかけた。
 このセリフは聞いたことがある。確かに聞き覚えがある。
 ざわざわと、周囲がざわめきに包まれる。
 その喧噪を貫くように、ふたたび生徒会長の言葉が響く。
 
「君達の心の中に、女神はいるかっ!?

 ざわめきと共に、バタバタと駆ける音がする。
 視界の隅に、走り去る生徒の姿がよぎる。よく見えなかったが、何か腕章らしきものをつけている。
 たぶん、それには「風紀委員」と記されているだろう。
 これは、この状況は……!

「君達の中の天使がっ! 女神がっ! 最強であることを証明したいとは思わないかっ!?
 我が高校の、真の天使をっ! 真の女神をっ! 我々の手で決めようじゃないかっ!!」
 
 生徒会長が頭上へと手を掲げる。
 それにあわせて上からなにか大きなものが降ってくる。
 それは途中で止まり、その大きな姿を全校生徒の前にさらす。
 それは……。
 
 サイレント・フェスティバル結果発表
 
 そう記された、巨大な看板だった。
 
「旨美ちゃんっ!」

 高く響く、凛とした声。清水先輩の声だ。続いて
 
 ドドドドドドドドッ!
 
 聞き慣れた突進の音がざわめく体育館に響き渡る。
 舞台へと迫るその音は、旨美だ。旨美の突進だ。
 目の前にあるものを確実に粉砕するその突進を前に、しかし山田生徒会長は慌てない。
 
「アクリル同好会っ!!」

 会長の鋭い一声に、体育館の舞台の前になにか透明な壁が衝き立つ。
 しかし旨美は構わず進み、そして……。
 
 ゴオオオオオオンッ
 
 間延びした大きな音が響き渡る。
 旨美が透明な壁にはじき返された音だった。なんだか格闘マンガ風に力無く飛んでいる旨美は気絶しているようだった。

「ば、バカなっ!? ただのアクリルの壁を旨美が破れない!?」
「アレはただのアクリルじゃない。失われたはずの技術……アトランティスに伝わる超物質オリハルコンを利用した強化アクリル。あの強度でありながらガラスと同等の透明度を達成した逸品だ」
「それはもはやアクリルではないんじゃないのか?」
「いや、アクリル同好会がそう言い張ればアクリルだ」

 はあっ、とため息を吐く。

「で……なんで俺が内側にいるんだ?」
「はっはっはっ、いや、なんとか間に合って良かった。アクリル同好会は素早くいい仕事をする」
「高坂くんは防衛戦の英雄なんだから、VIP待遇で発表会の観戦だよっ」

 右には無意味に笑う橘。
 左にはニコニコとした守屋。
 いつのまにか体育館の列から舞台袖に立っていた俺は、再びため息をついた。
 だいたい俺の立っていた位置は列の後半で、舞台からはけっこう離れていたはずだ。
 山田生徒会長の演説が始まった頃には列の中にいたはずだが……。アクリル同好会が動き始める前、気が付くと既にここ、舞台袖にいたのだ。
 
「あんな短い時間にどうやってここまで?」
「それはもちろん……」
「コツがあるんだよっ!」

 左右からタイミングをよく答が返ってくる。もとい、答になってないが。それでもこうしてここにいるという事実から、いつものように理屈が通じない状況だと言うことはよく分かった。

「橘、これはいったい……」

 俺にはもうサイレント・フェスティバルに関わる理由がない。
 食費のことはもう終わったことだ。今は何より、光音に会わなくてはならない。
 
「まあ、せっかく関わったんだから最後まで一緒に参加しよう。こんないい席はないぞ」
「でも、俺は光音に……」
「今、会いに行くのかい?」

 つ、と橘が人差し指を向ける方に目をやれば、そこは体育館の生徒達。
 腕を上げ声を張り上げるヤツ。なにやプレートを数枚持って横に並ぶ生徒もいる。プレートにはどうやら応援する女の子の名前が書かれているようだ。何を思ったか人間ピラミッドで高みから舞台を見ようとするものもいるし、向こうではウエーブやってたりする。
 それらを止めようと奔走する風紀委員らしい生徒たち。清水先輩は”風紀袋”から様々な道具を出し攻撃しているが、アクリル板はびくともしていない。旨美はあれからまだ復活していないのか姿が見えない。
 大混乱だ。そして、大盛り上がりだった。

「あきらめて楽しもうじゃないか」
 
 なんか微妙に変なことを言いながら微笑む橘。
 昨日のあのマジな態度はどこに行ってしまったのか、いつも通り「僕は楽しんでますよ?」って顔だ。
 そして俺はいつものようにため息で答える。確かに今のこの状況では無理なようだった。

「でも……よりにもよって終業式でこんなことして大丈夫なのか?」
「うちの学校は生徒の自主性を尊重するから大丈夫だよっ」

 言って、守屋はペロリと舌を出して微笑む。
 見れば、確かにアクリル板にとりついてるのは風紀委員ばかり。生徒達の喧噪の向こうで教師達は腕組みなんぞして傍観している。

「いいのか、これで?」
「いいんだよ、これで。だってお祭りだもん」

 守屋のお祭り至上主義は相変わらずだった。
 
「それに……高坂くんも知りたいでしょ? 高坂くんの大事な人が優勝できたか……」

 ボソリ、と守屋がつぶやく。
 やけに寂しい声に、俺が問いかけようとすると……。

「さあて、それでは発表ですっ!」
 
 発表開始の声に否応なく舞台に注意が向かう。
 
「まずは21位までの発表っ!」

 いつの間にか張り出された巨大スクリーン。その上に、びっしりと順位と名前とが映し出されている。数が多い上に字もあまり大きくないため、舞台袖から見てもよくわからなかった。
 
「時間の都合上、21位までの発表は簡略化させていただきますっ! 詳細は後日サイレント・フェスティバルHPか学校新聞の号外でっ!!」

 言うが早いか、スクリーンが切り替わる。映し出されたのは、今度は一人分のデータだけだ。順位と顔写真と名前、そして簡単なプロフィールが記されている。

「つづいて6〜20位までの発表も簡略化っ!」
 
 一人当たり三秒と映し出されない。次々に切り替わる。
 
「ヤケに急ぐな……」
「時間がないんだ」

 橘が舞台袖奥を指さす。残る手を口元に当て、「静かにしろ」というポーズをとる。
 耳を澄ますと、
 
 コンコンコン
 
 遠く音が聞こえる。
 
「これは……?」
「やつら、アクリル板の突破は無理とようやく理解したらしい。別方面から攻略している。そっちにも防御機構があるから当分は大丈夫だろうけど、それでもゆっくりはできない」
 
 いつの間にか舞台前で様々な武器を振るっていた清水先輩の姿もない。
 どこからか侵攻してきている……そのことを意識すると、冷や汗がでる。
 
「この緊張感が祭りって感じだよねっ」

 それでも楽しげな守屋。
 なんだかこういうところは尊敬してしまう。
 
「さあ、いよいよ五位の発表ですっ!」

 そんなことをしている間に、発表はいよいよベストファイブにまで至っていた。
 
「それでは五位の発表っ! 五位は……一年F組・武上 若菜(たけがみ わかな)っ!」

 壇上に……なんと女の子が現れた。
 ショートカットのちょっと勝ち気そうな、大きな瞳と丸顔が特徴のかわいい感じの女の子だった。
  
「あれは……」
「武上若菜だ。一年生の優勝候補筆頭だ」
「五位以上は舞台でトロフィーの授与をするんだよ」

 俺の声に、次々に答えてくれる橘と守屋。
 サイレント・フェスティバルの発表は派手にやるとは聞いていたけれど、ここまで好き勝手にやるのか。すごい。

「みんなありがとーっ!」
 
 生徒達の一角から「若菜ちゃーんっ!」とコールが起きる。どうやら応援者らしい。けっこうな数がいそうだった。
 武上若菜はそちらの方に手を振りながら、五位のトロフィーを手に舞台を降りていった。
 
 
「四位っ! 二年A組・結城祥子(ゆうき しょうこ)っ!」


  今度は四位の発表だ。聞き覚えのある名前。たしか諜報活動研究同好会会長・山岸に狙われている(?)女の子だ。
 しかし、そこに現れたのは……。
 一瞬、目を疑ってしまった。
 生徒に見えなかったからだ。なにしろ学生服を着ていない。その身を包むのは、冗談みたいに派手なフリルひらひらのドレスだったのだ。
 似合っている。確かにかわいいといえる。しかし長身の彼女にはなんか「着るべきものじゃない」という微妙な違和感が漂っていた。
 そして、舞台にはもう一人。
 トロフィーを渡そうとする、小柄な男子生徒。

「やあ祥子、おめでとう」
「終業式で生徒会長に手伝ってくれって頼まれて、なんで着替えるのかと思ってたら……」
「優勝できなかったとはみんな見る目がないが、大丈夫。僕はわかってるよ」
「あんたの差し金かっ……!」
「君は世界一かわいいよ」

 その言葉に、結城祥子はいったん顔を下に向ける。
 そして真っ赤な顔で受け取ったばかりのトロフィーを振り回しながら、
 
「一発殴らせろーっ!」

 男子生徒――諜報活動研究同好会会長・山岸を猛然と追いかけ始めた。
 ビュンビュンと風音を立てて振り回されるトロフィーを俊敏にかわしながら山岸は舞台袖に消える。
 それを追う結城祥子も猛烈に走って退場した。
 
「なんなんだ……」
「やっぱり舞台袖は臨場感があっていいねっ」

 完全にお楽しみモードの守屋だった。
 
「さあ、いよいよ3位の発表ですっ!」


「誰かなあ、誰になるのかなあ? 楽しみだね、高坂くん」
「ずいぶん楽しそうだな、守屋」
「楽しいよぉ。だって、お祭りのクライマックスなんだよっ! それに……なんかもう、バカにならないとやってられないもんっ」
「へ? それは……」

 俺が問いかけようとすると……。


「三位っ! 二年B組・守屋なつみーっ!」
「ええええーっ!」

 発表の声と守屋自身の悲鳴に俺の疑問の声は消されてしまった。
 
「高坂くんっ! ひょっとしてボクいま呼ばれたっ!?」
「ああ、そうみたいだな……」

 橘も驚いた様子で固まっていた。
 確かに俺も橘も守屋を優勝候補の一人として考えていた。
 でも……すごい。
 
「守屋さん、やりましたねっ!」

 後ろからの声。振り向くと、そこにはサイレント・フェスティバル実行委員の腕章をつけた男子生徒が数名。
 
「守屋さん、僕達信じてましたよっ!」
「絶対優勝だと思ってたのにな〜。でも、三位っ! 快挙快挙っ!」
「まあ三位ぐらいは当然って感じだよなっ!」
「で、でもボク実行委員の一人なんだよ? 賞なんかもらっちゃっていいの?」
「不正が出来ないシステムだって事は守屋さんが一番知ってるでしょっ!? さあトロフィーを受け取ってきてくださいっ!」

 実行委員達に舞台へと押し出される守屋。

「こ、高坂く〜ん」

 困ったようにこっちを見る。
 俺はにっこり笑って、
 
「やったな、守屋」

 そう言った。
 すると守屋は、嬉しいような、でもどこか寂しいような微妙な表情を浮かべる。でもその顔はやっぱり笑顔で、
 
「うんっ……!」

 元気に答え、舞台へと上がっていった。
 さすがに三位だけあって、会場も大きく盛り上がった。体育館を震わす程の大歓声。興奮して上着を脱いでいるヤツもいる。
 サイレント・フェスティバルは、変な祭りだ。
 でも、こうした盛り上がりは、やっぱり”祭り”だということを実感できる。
 
「さて、いよいよだな」

 橘に言われるまでもない。 残る発表枠は二つ。光音の名前は、たぶんまだ出ていない。最初の21位以下にいたら分からないが、多分それはない。ないと思う。

「さて、いよいよ二位の発表ですっ!」

 守屋へのトロフィー授与を終え、いよいよ二位の発表に移る。
 
「二位っ……」

 ドキドキする。
 今さら順位なんて関係ない。それでも緊張する。

「二年A組・川波 光音(かわなみ みつね)っ!」

 ……え?
 二位?
 光音は二位だったのか?
 優勝できなかった。
 そのことが、重く響く。
 いまさら順位は関係ないはずだった。でも、俺はどうやら光音が優勝することを確信していたらしい。
 けっこうショックを受けている。自分でも、意外なくらいに。
 
 でも、ちょっと待て。
 『五位以上は舞台でトロフィーの授与をする』ってことは……。
 
「雅弘くん」

 声に振り向くと、そこには二位のトロフィーを手にした橘。
 
「さあ、行ってくるといい」

 橘はトロフィーを押しつけると俺の体の向きを反転させ、しかも押す。
 俺はたたらを踏みながら舞台へと出てしまう。
 舞台袖でも聞こえていた歓声が、舞台に出ることによってより大きく聞こえる。圧倒されるような状況。
 その先に。
 舞台の端に。
 光音が……いた。

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