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投票日
(4)
苦戦



 森の一角に出来た広場。
 俺と旨美が死力を尽くして闘った場所。
 その隅の道。旨美が突進して作り上げた道の端。
 そこに、清水先輩がいる。
 やや俺のいる位置より高い。
 長い髪を今は後ろに束ね、いつものセーラー服の下にはスパッツを着込んでいる。腰にはいつもの『風紀袋』。そこからはすでになにかが引きずり出されようとしていた。

「幸せになれない……?」

 清水先輩の言葉――サイレント・フェスティバルに優勝しても、女の子は幸せにはなれない――その意味を訊ねる。
 しかし清水先輩はその言葉が聞こえなかったかのように言葉を続ける。
 
「高坂くん……あなたはこういうことをしない人だと思っていたけど……」
 
 ズルリと音を立てて引きずり出されたのは、一抱えもある大きな黒い塊。
 いつもながら見た目からは想像も出来ない収納力だ。

「積極的に荷担しているようね。それも、みっちゃんを優勝させるつもりで……」

 続いて出てきたのは、その黒い塊とホースで繋がったボンベ。
 それは、重い音を立てて地面に落ちた。

「気に入らないわね」

 ジャキッと金属音を響かせ、清水先輩は手に残った黒い塊を構える。
 銃身がある。弾倉もある。引き金もある。
 どう見てもそれは……。

「三年前に違法モデルガン研究同好会より没収されたガトリングガン」
「ちょっと待てーっ!!」
「ガス圧が違法に高められているからとっても危険よ」

 ガガガガガガガガガガガガガッ!!
 
 言葉も終わらぬうちに発砲され、その発射音に他のすべての音がうち消される。
 慌てて手近な木を背に隠れる。
 左右を飛び交う無数のBB弾(だと思う、さすがに)。そして、その銃撃にちぎられた葉や枝のかけらが舞う。清水先輩の言葉の通り規格外の威力のようだ。背にした木は俺の全身が隠れる太さなので貫通する心配はないから安心だが……。
 
「ぐっ!」

 痛みに歯を食いしばる。別に銃撃を食らった訳じゃない。思った以上に旨美との戦いのダメージが残っているのだ。ちょっと動くだけで体中が痛んだ。
 だが、動けない訳じゃない。根性を入れればなんとかなる。
 だったら次に何をするか考えなくてはならない。落ち着いて状況を整理しよう。
 清水先輩はガンガン撃ち続けている。しかし、いくら威力を高めているとは言えモデルガン。俺が今隠れている木を貫通する威力はない。それに確か”風紀五秒ルール”とかいうのがあって先輩はあのガトリングガンを五秒間しか使えないはずだ。……この状況でそれが通用するのか疑問だが。
 
 闘うか? 
 
 このコンディションでは正直辛いモノがある。それに、旨美は別として女の子に暴力を振るうというのはやはり抵抗がある。
 
 では、逃げるか?
 
 清水先輩をこのまま見過ごせば……サイレント・フェスティバルの開催がやばくなってしまうかも知れない。
 俺は光音を優勝させると決めた。
 このままただ逃げるわけにはいかない。だいたいこの森はトラップだらけで逃げるのも簡単では……。
 そうだ。そう言えば、通信機は旨美との戦いの前にスイッチを切ったままだった。
 何にしても守屋と連絡を取る必要がある。
 とにかくスイッチをつけないと……。
 
 ギュイイイイイイインッ!
 
 いきなり響いた異様な音に、思わず動きが止まる。
 音はかなり近い。俺が盾にしている木を挟んですぐ後ろから聞こえるようだ。
 気づくと、いつの間にか銃撃は止んでいる。
 
「なんだ……?」

 おそるおそる木の脇に首を向け、後ろの様子をうかがう。
 と、
 
 ズガガガガガガッ!
 
 ついさっきまで俺の頭のあった位置を突き抜ける轟音。
 振り向くと、目の前には回転する銀色の螺旋っ!
 
「ドッ……」

 目に映るものが信じられない。でも、それは間違いない。

「ドリルーッ!?」

 それはアニメやマンガでしかお目にかかれない、円錐型のドリルだった。そして、視界の隅……木を挟んで反対側には清水先輩の姿があった。
 まずい。銃撃に目を奪われここまで清水先輩を近づけてしまった。素手である俺が戦うには近づく必要があるとはいえ、今は状況が悪すぎる。
 いったん距離をとって、とにかく守屋と連絡を取らなくてはならない。トラップの位置でもわかれば逆転の目は……。
 しかし、つまづき倒れてしまう。まだダメージが尾を引いている……?

「くそっ……!」
 
 すぐさま立ち上がろうとする俺を制するように……目の前に清水先輩が仁王立ちしていた。
 その右手はすっぽりと先ほど木を貫通したドリルに包まれている。
 
「十二年前に日曜大工研究同好会から没収したハンドドリルよ……」

 清水先輩は静かに語る。
 そんなことを気にしても仕方がないが……目の前にあるそれは日曜大工に使われる「ハンドドリル」とは大幅に違うように思えた。
 その先端が俺に向けれられている。
 かわせる距離でも体勢でもない。

「これ以上抵抗するなら怪我するわよ」

 今までの攻撃は怪我をさせないと言う前提でやっていたのだろうか?
 そんな突っ込みをする間もなく、清水先輩は隙のない動きでドリルを『風紀袋』の中に収める。
 
「……どうしてしまうんですか?」
「前に説明したでしょ? ”風紀五秒ルール”よ」

 清水先輩は、ドリルをしまったまま『風紀袋』から手を抜いていない。
 五秒という制限がある以上、武器をずっと突きつけているわけにはいかない。だから武器をしまい、必要とあればすぐ取り出せるよう手を入れたままにしている。
 つまりこれは居合いの構えみたいなものなのだ。
 清水先輩はこの状況ですらあの五秒ルールを守っている。

「……律儀ですね」
「勘違いしてもらっては困るけど……こんなのは所詮学区内の生徒の悪ふざけだわ。その程度のことをいさめるのに、生徒の模範となるべき風紀委員がルール違反するわけにはいかないでしょう?」

 先輩は、うんざりしたようにため息をつく。
 
「抵抗しなければ悪いようにはしないわ。学校側にも別に報告しない。ただ、このバカバカしい投票日が終わるまで幽閉させてもらうだけ……」
「それだけなんですか?」
「うちの学校ではむやみに教師のちからに頼らないわ。自由な校風だもの。それにね……こんなくだらない行事、学校の正式な記録に残すのもイヤだわ」

 清水先輩は、吐き捨てるように言った。
 
「なんでそんなにサイレント・フェスティバルを嫌っているんですか?」
「……質問なんてできる立場だと思ってるの?」

 清水先輩はぐっと半歩踏み込み、視線を強める。プレッシャーがかかる。重い。もともと多くなかった行動の選択肢が、ただそれだけでだいぶ少なくなったように思えた。……しかし、全く動けない訳じゃない。なにかきっかけがあれば……。
 
「まだ、あきらめていないって目ね」

 沈黙。問いには答えない。すると、今度は清水先輩の方から問いかけてくる。
 
「ねえ……一つ、教えてくれる?」
「え?」
「高坂くん、あなた……旨美ちゃんと闘ったとき、本気だったわね。なんで? こんなくだらないことの為に、なんであんなに一生懸命だったの?」
「それは……」
「それとも……あなたも賭けたの? いくら儲けるつもり?」
「違うっ! ”それだけ”じゃないっ!」

 クスリ、と笑う。
 
「正直ね。”賭けた”ってことは否定しない……。じゃあ、教えてちょうだい。あなたにとって、”一番大きな理由”は?」

 理由。なんだっただろう。今まで、それは変わってきた。
 初めは幼なじみに食を握られているという情けない現状を打破するため。
 次は光音がかわいいことを証明するため。
 そして今は……。

「答えを……見つけるためです」
「答え? なんの答え?」
「自分でも、よくわかっていません。だから……はっきりさせたいんです」
「わけがわからないわね……それは、やっぱりみっちゃんに関係することなの?」
「……そうです」

 自分でもよくわかっていないこと。それゆえの疑問。俺の言葉に清水先輩は思案する。
「先輩も、教えてください。……優勝した女の子が幸せになれないって、どう言うことなんですか?」

「そうね……あなたも知っておくべきかもね」

 いつも凛とした先輩の、すこし疲れたような声。
 
「むかし……っていってもそんなに前のことじゃないけどね。ある女の子がいたの」

 どこか遠くを見るように、清水先輩は語り始めた。

「その子は、中学の頃まではぱっとしない地味な女の子でね。高校に上がって好きな人が出来て、その人の目を引きたくて、綺麗になるように努力したの」
「綺麗に……」
「そう。それで、女の子はふとしたことで好きな人と話すきっかけが出来た。『綺麗だね』って言ってもらえて、もっと綺麗になろうと努力して、そうすればその人が喜んでくれると思って……」

 そこで、清水先輩は言葉を切る。
 しばし、沈黙が降りる。
 清水先輩の話はどこかで聞いたことがあるような気がした。そういえば、光音は中学の頃は料理が下手だった。今はちゃんとうまい料理を作れるようになって、なにが楽しいのか俺の食事を作ってくれている……。

「そして、優勝した。このおかしなミスコン、『サイレント・フェスティバル』でね」
「……ハッピーエンドじゃないですか」
「そうね。あの人も喜んでくれた。たくさんの食券を手にして、とても嬉しそうにしていたわ。あの人は、アイツは……ただ女の子とをだしにして賭事をしたかっただけなのよ。こんなくだらないことで振り回して……こんな、こんなっ……!」

 まるで吐き出すように清水先輩は言った。
 なんだろう? この口振りではまるで他人のことを話しているようではない。これではまるで……。
 清水先輩は身体を、怒りに震わせ言葉を続ける。

「だから思うのよ。こんなバカな大会ぶっつぶさなくちゃって……!」

 俺はなにも言えなかった。
 確かに変な祭りだと思う。秘密にこそこそと進める、おかしなミスコン。秘密に進めるためにはみんなが秘密を持たなくてはならない。
 食券を賭けるなんてシステムがあるのも、そうした秘密を守るためなのかもしれない。

「ねえ、高坂くん答えて。自分の価値観をおしつけて、無理矢理祭り上げて……それで女の子が喜ぶと思う?」

 そんなこと、 答えられない。

「みっちゃんは、それで喜ぶの?」

 そんなこと、わからない。

「高坂くん……あなたはみっちゃんのことをどう思ってるの?」
「それは……!」

 そんなこと、なんで聞いてくるんだ?
 俺は……それが、わからない……?

「みっちゃんのこと、好きなの?」

 反射的だった。
 身体が勝手に動いた。
 痛みを無視し起きあがろうとする。
 清水先輩も、俺が急に動いたのに反応する。
 しかし、その動きは稚拙。
 俺の動きに対する反射的な動作。
 相手も人間。俺と同じ、二本の手と二本の足しかない。そこから出る動きなんてたかがしれている。ましてや清水先輩の動きは旨美よりずっと遅い。『風紀袋』からなにが出てくるとしても、見切れるっ……!
 清水先輩の繰り出したのは、抜刀のような振り。俺は体を起こす動作をねじ曲げ、あらかじめわかっていた軌跡から紙一重でかわす。
 脇をかすめる風音と何かが焦げるにおい。かまわない。気にしない。そのまま清水先輩の手を引き込み、巴投げの要領で力を導く。投げる。

 清水先輩は、飛んだ。
 




 
「俺は……」

 呆然と呟く。振り向く先には地面に倒れる清水先輩。その手にはバチバチと音を立てる棒――電撃で相手をしびれさせるスタンロッドだろう――がある。
 清水先輩は目を回しているようだ。しばらくは動けないだろう。
 
「俺は、なにをしている?」
 
 呆然と呟いた。
 なんでだろう? なんであんなことを……光音のことをどう思っているか聞かれたぐらいであんな危険なまねをしてしまったのだろう? どうして……。
 
「高坂くん! 高坂くんっ!?」

 突然、耳につけたイヤホンから守屋の声。
 
「守屋……?」
「高坂くんっ!? 聞こえるのっ!?」
「ああ、聞こえる……」
 
 どうやら、さっきの投げで、何かの拍子にスイッチが入っていたらしい。

「もうっ! 通信機のスイッチ切っちゃだめって言ったでしょっ!」
「ああ、すまない……」

 ぼんやりと、答える。
 なんとなく、ものを考えたくなかった。
 
「それより大変だよっ! 今そっちに清水先輩……」
「清水先輩なら、いまなんとかなった……」
「ええっ!?」
「だから、とりあえず今は大丈夫……」
「でも、そっちには清水先輩直属の部隊も向かってるんだよっ!」

 なんとか、立ち上がる。
 
「守屋……」
「高坂くん……たぶんいま囲まれてるよ……」

 目に見えるものはない。
 しかし、今……まわりに何かがいる気配があった。
 
「どうすればいい……?」
「高坂くん……腰のベルトの3番装備、わかる?」

 出発したときに無理矢理つけられたベルトをみると、いくつかのカプセルがつけられているのが見えた。その中の一つに3が大きく表記されている。
 そうしている間にも、まわりがじわりじわりと少しずつと包まれていくような感覚をおぼえる。まるでこの森が狭くなったような錯覚を覚える圧迫感……。
 
「遠くに投げてっ」

 守屋の指示通り遠くへと投げる。
 木にぶつかるとカプセルは割れ、中のものが広がる。
 広がったのは白い霧。
 もうもうと尋常じゃない密度と量の霧が発生する。
 
「煙幕だよっ! はやく逃げてっ! 位置はこっちでモニターできるから、ボクの指示に従ってっ!」

 ほとんど視界の利かない白い闇。まるでそれは今の俺の頭の中のようだ。
 その中を、俺は駆け出した。

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