HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ

前のページへ

次のページへ


投票日
(2)
接敵



 ミンミンと鳴く蝉がやたらとうるさく思えた。
 俺は制服からジャージに着替えさせられていた。半袖の制服でも暑かったが、今はジャージの上着まで着込んでいる。いくらスポーツ用とは言っても暑いものは暑かった。おまけに腕に肘、膝、脚に「サイレント・フェスティバル実行委員会」から支給されたプロテクタ――なんかアイスホッケーとかで使うようなやつの流用品らしい――までつけているのだ。あとで蒸れそうでイヤだった。腕には「サイレント・フェスティバル実行委員会」と書かれた腕章まである。無理矢理つけられた。どうやって外すかわからないくらいしっかりくっついていた。
 腰でガチャガチャ言っている「特殊装備」とやらも鬱陶しかった。ベルトに備え付けられたカプセル上のそれらは、渡されたとき「指示があるまで決して使うな」と念を押されたものだ。使うといったいどんな効果があるのかは――時間がなかったので知らされていない。
 そう、時間がないと言われた。
 俺は細かい説明もなく装備だけ渡され、そしてこうして裏山を指示に従い歩いているのだ。
 
「え〜と、Bチームは散開して。そろそろ接触するよ。……あ、高坂くん。そこを右。正面にはトラップがあるから気をつけてね」

 耳に付けた通信機から守屋の声。通信機特有のノイズと、カタカタとキーボードを叩く音が混じって聞こえてくる。その指示通りに俺は進路を変える。
 守屋によると、森の中は風紀委員の妨害を阻むべく随所にトラップが仕掛けられているらしい。協力は『ブービートラップ研究同好会』だそうだ。ちなみに今つけている通信機は『スパイ支援小道具開発研究会』作製のものらしい。「目指せボンドカー」をスローガンに頑張ってる活発な同好会らしいが……本当にそんな同好会あるんだろうか?
 それに、トラップがあると言われても実際に目の当たりにしたことがないから実感が湧かない。
 しかしもっと疑問に思えることがあった。
 
「それにしても……なんでネット投票にしないんだ?」

 出発前、守屋からざっと聞いたところによると……サイレント・フェスティバルの投票は全て「手作業」だそうだ。
 係の人間が直接投票者から票を受け取り(場合によっては同時に掛け金として食券を受け取り)、そしてこの学校の裏山の投票所に持ってくる。裏山の本部でそれを手で数え、最終的な集計結果を出す。
 
 投票結果の発表はまた後日。これはこれで派手に発表するのでリスクが大きいらしいが、最悪阻止されてもサイレント・フェスティバルは終了する。結果さえ出てしまえば発表自体はいくらでも方法はあるからだ。
 つまり今日が一番重要で、そして一番危険な日なのだ。
 しかしそれもこれも手で票を数えるなんて方法をとっているからだ。ネットでなら今までだってやってこれたのだし、本投票を同じようにやっても危険もずっと少なく思える。
 
「え? うんとね、ネットだとよくわからないからだよ」
「わからないって……なにが?」
「もともとサイレント・フェスティバルは情報公開のためにいくつものダミーページを作ってるでしょ? そんなのがいくつもあるとどれが本当に有効な票なのかわからないし、ズルをしちゃう人もいるかもしれない。だからサイレント・フェスティバルでは、必ず係が自分の手で投票を受け付けるんだよ。ちゃんと手で受け取るのは単純に『票を受け取る』ってことじゃなくて、『投票する人の気持ちを受け取る』ことでもあるんだよ。それはネット越しじゃ、ダメなんだよ」
 
 俺はもう投票済みだ。もちろん、自分の目的を達成すべく一人当たり三票の持ち票を全て光音に入れた。なけなしの小遣いも全部食券に変え光音優勝の一点買い。もはや背水の陣だ。
 受け取ってくれたのは守屋だった。大切そうに、「投票箱」に入れてくれた。
 サイレント・フェスティバルのホームページを閉じるときに入れることになる票とは違う……確かに、『投票した』という実感が湧いたものだった。
 
「本当に見つからないようにやることも出来るのかも知れないけど、それじゃダメなんだよ。ただでさえコッソリとやってる行事だから、投票ぐらいはキッチリ目に見えるカタチでやって……それで、『こんなにちゃんとやったんだぞ』って、胸を張って結果を発表する。それが、サイレント・フェスティバルがお祭りとして成り立つ条件で、伝統なんだよっ」

 そういう守屋の声は、すこしノイズの混じる通信機越しでも楽しげに聞こえた。いつもながら聞いているだけで元気になれそうな明るい声だ。
 
「それで、それを守るのが今日の高坂くんの役目だよっ」
「……重要な役なんだな」
「うん。そうだよ。いっしょにがんばろ、ね?」
「ああ……」

 あくまで明るい守屋の声に、俺は思わず沈んだ声を返してしまう。
 
「あ、そこは人数集めてっ! βチーム合流っ!……って、どうしたの?」
「そんな大事な日に、俺はどうして選ばれたんだろうな」

 他に選ばれたヤツは、見るからに強そうなヤツだったり怪しいヤツだったりと、とにかくこういうことにかり出されそうな個性全開な者ばかりだった。
 だからなんで俺みたいな普通のヤツが選ばれたのが不思議だった。……まさか、選ばれた理由が”弱みを持っている”という事じゃないだろうし。
 ……じつはそうなんだろうか?
 いや、いくらなんでも違うだろう。もし本当にそうだったら……なんか、やだなあ。
 しかし、守屋の答えは俺の予想とはまるで異なるものだった。

「だって高坂くん強いでしょ」
「へ?」

 思わず間の抜けた声で答えてしまう。
 強い? 俺が?
 俺は帰宅部で特に体を鍛えてるわけでもない。腕っ節は……まあ、並よりすこし上程度。強いなんて言われたことは今まで一度もない。

「ちょっと待ってくれ。俺のどこが強いって言うんだ?」
「だって……いつも旨美ちゃんを素敵に華麗にかっこよく転ばしてるじゃないっ! すごいよっ! あんなことできるのは高坂くんだけだよっ!」

 なんとなく、なにも考えず突っ込んでくる旨美が思い浮かんだ。
 
「……あんなバカを転ばせるくらい誰にだって出来るよ」
「そんなことないよっ。だって旨美ちゃんは……」
「待ってくれ」

 守屋の声を遮り、俺は足を止めた。
 
「どうしたの?」
「この近くに、俺以外に誰かいるか?」
「え? 高坂くんは単独行動中だから、他には誰もいないはずだよ」
「じゃ、敵か……?」

 身構える。
 確かに、なにかの気配を感じた。敵意とも言える、鋭い何か。異様なのは、それが一瞬だけあり、そしてすぐに消えてしまったことだ。
 
 誰かが意図的に気配を消した。
 
 状況からすればそういうことになる。
 通信機の向こうで「防衛線まではまだ距離があるから……」とか守屋が言っているのが遠く聞こえる。
 集中するのに邪魔なので、通信機のスイッチを消す。
 
 それを合図にしたのか。
 
 目の前の茂みがガサリと動き、何かが飛び出してくる。
 俺の一瞬の隙をついた、絶妙のタイミング。普通ならかわせなかっただろう。

 しかし遅すぎる。

 その動きは緩慢にさえ感じられた。これなら旨美の方がずっと速い。
 俺は振り下ろされる武器――棒状、おそらく警棒か何か。当たれば相当痛そうだ。
 その軌跡を読む。身体をその外に逃がしつつ、軌跡の中に手を差し込む。
 狙い通り、掴んだのは警棒を持つ手。その手首の位置。
 そこを起点に、振り下ろすという攻撃の動きを投げへと変える。
 
「はっ!」
「うあっ!?」

 投げを出す呼気と相手の悲鳴が重なる。
 そして、そのままそいつは転がっていった。いつも旨美を転ばしたときよりだいぶ勢いは弱いがなかなかに派手な転倒。
 旨美なら途中で起きあがったかも知れない程度の勢いだった。しかしそいつは止まることも出来ず、そのまま俺の狙った方向――さっき俺がよけて通ったトラップの方へと転がっていった。
 
 ボン
 
 そんな間抜けな音と共にそいつの姿は消えた。トラップが動作したようだが、どうなったのだろうか。
 俺は状況を知ろうと通信機のスイッチを入れる。
 
「さかくん……聞こえるっ! 高坂くんっ!?」
「ああ、聞こえる。今通信機つけなおしたよ」
「切ったらダメだよう……それよりっ! たいへんタイヘン大変だよっ! 秘密警察研究同好会の一人が包囲網を突破したっていう情報が……!」
「いま襲ってきたヤツならトラップにはまった」
「え?」

 しばし、沈黙。
 通信機の向こうでは、なにか「確保っ!」だの「大物ですっ!」だの威勢のいい声が飛び交っている。
 
「えと……報告が入ったよ。確かに今、高坂くんの近くに仕掛けられた無限蟻地獄式落とし穴で秘密警察研究同好会の人がつかまったって……」
「じゃ、そいつだろ」
「ど、どうやったの? ここまで包囲網に引っかからないできた人だよっ!? 今さらこんなトラップに引っかかるなんて……」
「投げた」
「え?」
「旨美より簡単だった」
「え? え?」

 戸惑うような声。守屋が驚いている。珍しい。
 
「高坂くんやっぱりすごいよっ!」

 一転して明るい声。通信機の向こうからはなにやら喝采が上がっている。
 なんか盛り上がっているご様子だ。
 
「いや、別に。旨美と比べても大したことなかったぞ」
「だって……その……けっこうすごい人なんだよ、いま捕まった人っ!」
「そうか? そんなことなかったと思うんだけどな」
 
 どうも、会話がうまくかみ合わない。
 
「……ねえ、高坂くん?」
「なんだ?」
「ここ数年、旨美ちゃん以外とケンカしたことある?」
「何言ってるんだ守屋。俺はケンカなんかしないよ。旨美とのあれだってちょっとした小競り合いでケンカって言う程じゃない。だからこんなところにいるのは実は不安なんだが」

 はあ、と大きなため息が聞こえてきた。
 
「どうしたんだ?」
「よくわかったよ。高坂くんは鈍感なんだよ」
「鈍感?」

 今しがた守屋より早く敵を察知したのに、随分な言われようだった。
 
「今までなにかヘンだヘンだって思ってたんだけど、ようやく謎が解けたよ。高坂くんはすっごく鈍感な人なんだ。だからボクが苦労するんだよっ」
「なにを言ってるんだ、守屋?」
「しらないっ!」

 なんだか守屋は拗ねていた。

「守屋?」
「………」
「なあ、おい? 守屋ーっ?」
「………」

 通信機に呼びかけても答えは返ってこない。……なにか間違ったことを言ってしまったのだろうか?
 
「ねえ、高坂くん?」
「な、なんだ?」

 急に通信機に入ってきたのは、真剣な守屋の声。
 思わず声がうわずってしまう。
 
「今日、ボクは司令官なんだよ。この作戦を統括してるの。すっごく忙しいんだよ。こうして高坂くんと話をしているときも、他にいろんな指示飛ばしてるし……ってチーちゃんっ! コーイチくん遅れてるよっ! もっと速く移動するよう指示してっ!」
「ホントに忙しそうだな……」

 たしかに、守屋はさきほどからこうしてたびたび中断していた。時折カタカタとキーボードを叩く音が聞こえるのも、ひょっとしたら司令の仕事なのかも知れない。

「それなのに、ボクはこうして高坂くんと話してるんだよ。オペレータの子にまかせてもいいのに、ボクは高坂くんと話したくてこうしてるんだよ」

 そこで守屋は一つ息をつく。
 深く息を吸い込む音がした。それは電波を介してのノイズの混じった音だったが、今はまるで守屋がすぐ近くにいるように感じられた。

「どうしてか、わからない? 本当に……なんでなのか、わからない?」

 切迫した声だった。
 答を求める、張りつめた声。

「えと……それは……」
「それはっ!?」

 慌ててなにか言おうとし、しかしなにも言えない。
 でも、しかし。
 なにか答えなくてはならない。
 よく考えろ。きっとこれは大切なことだ。ちゃんと考えなくてはならない問題だ。
 何故守屋はこんなに必死になっている?
 なんでいまこんな事を聞いてくる?

 ……そうだ。
 
 わかった。そうだ、一つしかない。これまでの話の流れからすれば、答は明らかだった。
 
「守屋……」
「う、うん」
「ようやくわかった。今まで気がつかなくてすまなかったよ。自覚が足りなかった」
「こ、高坂くん……」

 そして俺は深く息を吸い込み自信を持って答える。
 
「重要任務なんだなっ!?」
「え?」
「これから、俺はなにかサイレント・フェスティバルで重要なことをやらなくちゃいけないんだな……」

 司令直々に指令を出すと言うことは相当な重要任務だと言うことに他ならない。サイレント・フェスティバルにかける守屋の意気込みと今日という日の重要性を考えれば他に答はないはずだ。今まで俺の目的について細かい説明がなかったのも、時間がなかっただけではなくその任務の重要性ゆえと考えれば説明がつく。
 完璧な推理だ。
 しかし、なぜか通信機からはなんの答えも返ってこない。
 
「え〜と、守屋?」
「………」
「守屋、どうしたんだ?」
「……うん、そうだよ」

 ひどく静かな答えだった。思わず次に言うべき言葉を失ってしまう。

「そうだよっ! 高坂くんはすっごく重要任務を背負ってるのっ! だからほら、立ち止まってないでキリキリ進むっ!」
「お、おう」

 打って変わった守屋の力強い声に驚く。
 
「ホラ、右足からじゃなくて左足から出してっ!」
「み、見えてんのかっ!?」
「ボサッとしてないで駆け足っ!」
「わ、わかったよ」

 俺はヤケになったかのような守屋の声に追い立てられるように、裏山を駆けていくのだった。

前のページへ

次のページへ

HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ