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「くはーっ、うまいなあっ!」 幸せそうだ。 「みつね先輩、また料理上手になったんじゃないかっ!?」 すげえ幸せそうだ。 「こんなのうまいの、雅弘にはもったいないな」 うざいくらいに幸せそうだった。 昼休み。 中庭。光音の用意したレジャーシートの上。俺、光音、旨美の三人は、昨日と同じように昼食を楽しんでいた。……というか、目の前で必要以上に幸せそうに弁当をかっこむ旨美が一人で一方的に楽しんでいるような気もした。 対する俺はというと、あまりいい気分ではなかった。 昨日感じたわだかまり――旨美の弁当代も俺の食費から出ていること――は、光音の「旨美の分は自分の小遣いから調整する」という言葉で一応解けてはいる。しかし、それでもなんと割り切れないものがあった。 こいつの食っているものの中には、確実に俺の食費が含まれている。わずかだろうが、含まれているのだ。 まあ、それは考え過ぎにも思えるが。 それはともかく、こいつがうっとおしいことに変わりはない。 「こら旨美」 「なんだよ」 「もうちょっと静かに食え」 「うまいんだから仕方ないだろっ」 「だったら髪についた泥ぐらいちゃんと落としとから喰え」 「げ、まだついてたのか?」 言いつつ、慌てて弁当箱を置きレジャーシートから立ち上がると、旨美は脇に寄って髪をばさばさと払う。 こんなちょっかいをかけても気が晴れるわけではないが、でもなんとなくやってしまった。まあ、どちらにせよ気になってはいたし、別に間違ったことを言ったわけでもないからべつにいいか。 ついさっきのこと。中庭で待ち合わせをした俺と光音の前に、こいつはまるで当たり前のようにやってきて当たり前のように豪快に転ばされ……。そして今、当たり前のように一緒に昼飯を食っているわけなのだった。 「ったくなんでいつもこんな目にあうんだか……」 愚痴りながら旨美は席に戻る。そして、俺のほうをキッとにらむ。 「てめえ、いいかげんにしろよなあ」 「なにがだ?」 とぼけて問う俺に、旨美はぐっと握りこぶしを作り、 「俺のことすっ転ばすのだよ……! いいかげん大変なんだからな」 言いつつ、あごをしゃくる。 その先には旨美の大転倒で倒壊した、中庭のベンチがある。 「日曜大工研究同好会」書かれた腕章を巻いた3人の男子生徒がテキパキと作業を進めている。 「日曜大工研究同好会」といえば、その名の通り日曜大工が好きな生徒が集まって設立された同好会だ。無償で学校の壊れたものを直して回るというのが主な活動内容の、大変ありがたい同好会だ。 が、その活動の大半は旨美の壊したものを直すことにあてられていたりする。 そのおかげで俺も特に名乗りあったわけでもないのに連中とはすっかり顔なじみだった。……顔なじみといっても疲れてやりきれない感じの表情しか見た覚えがないが。 「ほら大変だ」 なぜか勝ち誇ったように言う旨美。その様には反省とか後悔とかそういう後ろ向きな感情は全くなかった。ベンチのほうからため息とすすり泣く声が聞こえてきたような気がした。 俺は、彼らの気持ちを代弁すべく口を開く。 「あのベンチ、誰がどう見てもお前のせいだろう?」 「いいや違うね」 旨美はビッと俺を指差すと、 「お前が転ばせたのが悪かったんだ」 何の迷いもためらいもなく言いきった。 俺も負けじと旨美をビシッと指差すと 「お前がバカみたいに突っ込んできたのが悪かったんだ」 と言い返した。 絡み合う視線。お互いに差し合う指と指。この手の中に拳銃でもあれば、ガンアクションの緊迫したワンシーンでも出来上がりそうな雰囲気だ。 心地よい緊張感。悪くない。この感覚は嫌いじゃない。 そしてどちらが言うとでもなく立ち上がる。 緊張は高まる。どちらが何をしかけてもおかしくない空気。ピリピリとした、刺激的な感覚に皮膚があわ立つ。 そして……。 「食べないなら片付ける」 光音のひとこと。 そのひとことで張り詰めていた空気は別な方向に緊迫する。思わず、二人してぴたりと動きを止めてしまう。旨美も俺も立ち上がり途中の中腰状態だ 視線を落とすと、早くも俺たちの弁当箱にふたをかぶせている光音の姿があった。 その動きには遠慮とか躊躇とか容赦とか全然なくって、本当にこのまま二人分の弁当を片付けてしまいそうな勢いだった。 「わー、ちょっと待て光音ーっ!」 「みつね先輩、食べる! 食べるっ! 食べるーっ!!」 とりあえず……この場で最強なのは光音のようだった。 ・ ・ ・ 「雅弘といるとろくなことにならないぜっ」 「それは俺のセリフだ」 食事を再開してしばらく。案の定、旨美は突っかかってきた。 「だいたい何だって俺のことをすぐ転ばすんだよ?」 「お前が毎度毎度隙だらけで突っ込んでくるのが悪いんだろう?」 「俺のどこが隙だらけだって言うんだよ?」 「自覚ないのかよ。例えば……」 と、俺が人差し指をかざすと旨美はそれに目をやりながら、口の中へたこさんウインナーを運ぶ。 隙だらけだ。だから良くないと今言っているのにも関わらず、旨美は本当に隙だらけだった。 あまりに隙だらけなので、俺は自分のハシにつかんでいた卵焼きをぽいっ、と旨美の口に放り込んだ。 「ほら、隙だらけだろ?」 「! な、何入れたっ!?」 「梅干し」 俺がでたらめに即答すると、旨美は口をもぐもぐさせながら眉をひそめた。 「……でも甘いぞ」 「甘酢あんかけなんだ」 「種が無いぞ」 「あ、のんじまったのか……明日大変だ」 「大変って……?」 「へそから生えてくるかも」 「へ?」 「二本ならまだいいけど、三本だとちょっときついかもな」 「え? え?」 「まあ、がんばれ」 「な、なんだよ!? 何が生えてくるって言うんだよっ!?」 「こんなところで言える訳ないだろう? 場所を考えろよ」 「え? ええっ!? いったいなんなんだよーっ!」 旨美は本当に驚いて、目を白黒させた。 いくらバカな旨美とはいえ、普段ならばこんなバカ話にはのらないだろう。しかし不意をつかれた混乱からかおもしろいように引っかかる。涙目で、でも口の中のものを吐き出すのも嫌らしく不安げに首を左右に振っている。 「雅弘……」 光音の静かな声。静かな視線。静かな表情。 その静けさがひろがり、俺は冷や水を浴びせ掛けられたような感覚を覚えた。 「おかず、2割」 「2割?」 「2割」 光音の動じない言葉から悟る。 おかず2割……この言葉は、晩のおかずが2割減るということではない。おかずが本来の2割になってしまうということだ。つまりは80パーセントカット。 最大の問題点は光音がやると決めたら本当にこれを実行してしまうということにある。さっきの弁当の片付けもまじりっけ無しの100パーセント本気だった。こいつは本当にやる。 ……やばい。 「じょ、冗談だ旨美っ! それはただの卵焼きっ! タネはないし生えたりすることはないっ!」 「ほ、ホントか?」 慌てて冗談を撤回する俺を、涙目でうかがうように見る旨美。……そんなにおびえてるのか、旨美……。 いくらバカだといってもちょっとばかり行き過ぎな気がした。 「お前いろんな意味で隙ありすぎ」 やれやれといった感じの俺に、ようやく落ち着く旨美。 そうしたらそうしたで、猫のようなツリ目で俺をキッとにらんでくる。 「俺のどこに隙があるって言うんだよ?」 「自覚ないのかよ? はっきり言って隙だらけだ。だから簡単につけこまれるんだよ」 「モグモグ。そうだね、隙だらけは良くない」 「! 橘っ!?」 見ると、いつの間にやら橘がいた。 しかも、何かを食っている。 ふと手元の弁当箱を見る。 減ってる。 おかずが確実に目に見えて解る形で減っている。 「……橘……?」 「いや……モグモグ……確かに川波さんの弁当は絶品だね……モグモグ」 「きさ、ま……?」 「うあこいつ俺の弁当まで食ってやがるっ!?」 悲鳴のような旨美の声。 クラクラする。 こいつは。橘は。 なんの苦労も権利もなく俺の食費に手をつけたのだ。 手をつけたのだ。 手をつけやがったのだっ……! 「橘……!」 「モグモグ……雅弘くんは幸せものだねえ。僕は親友なんだから、その幸せをちょっとばかりわけてもらってもいいよね……」 「橘っ!!」 「モグ……なんだい雅弘くん大声を出して……」 「貴様いま自分がなにを食っているかわかってるか?」 指を突きつけ、問う。 しかし橘はイマイチその意味を理解していないように、首を傾げている。 「だから川波 光音の弁当を……」 「その答えは間違ってはいないが正しくもない」 橘はさらに首を傾げるどうも本当に分かっていないらしい。 だから俺は叫ぶ。 「お前が喰っているのはっ……!」 俺は橘の前に握りしめた右手をかざす。 「俺のプライドとっ!」 人差し指を立て、叫ぶ 「魂とっ!」 次に中指を立てる。 「そしてなにより……俺の生命線だっ!」 そして、ビッと親指を立てる。 俺の心の底からの叫び。対する橘は、 「あはは、雅弘くん。それはグーチョキパーだね。使うと卑怯者呼ばわりされるよ」 軽く、言った。 いや確かに指の選択を誤った気はするが……。 いや、違うっ! そういう問題じゃないっ! もういい。わかった。こいつにはなにを言っても無駄だ。なんか怒りのあまり考えがまとまらない。でも人としての節度は守ろう。 最後に……最後に、情けだけはかけてやろう。 「お前に五秒……五秒だけ時間を与えてやる」 俺は五指を開くと光音に向ける。 「光音、カウントダウンだ。5からスタート」 「え?」 「いいから、カウントダウン、スタート」 光音はいぶかしげに首を傾げるが、それでも 「5」 数え始めてくれた。俺はその声をバックに語る。 「5秒間もある。……祈れ。懺悔してもいい。聞き流すが」 「何だいいったい?」 俺の言っていることが理解できないのか、のんきに首をかしげる橘。 不快なことに、その口はまだモグモグ動いていたりする。 だが、そんなことをしている間にも貴重な時間は過ぎていくのだ。 「4」 ややゆったりとしたカウント。その声色はとまどいよりも、これから何が始まるかという不安が強い。 「嘆け。悔やめ。そして……死ね……!」 橘は俺の言葉をいまいち理解していないようだったが、それでもなにか感じるものがあったのだろう。じりじりとあとずさる。 だが、おそい。俺の脇ではもう、旨美が構えを取りはじめているのだ。 「3」 はっとしたような光音の声。こいつも悟ったのかもしれない。これから何が起こるのか。 俺は最後とばかりに旨美へと指示を出す。 「旨美。橘はけっこう素早い。威力よりも当てることを重視。足を止めさせ一気に叩け」 「お、面 旨美っ! なんだその固く握りしめた拳はっ!? 何をするつもりだ!?」 おびえるような橘の声。だがそれで何が変わるというものではない。 「2」 「そ、そのカウントダウンはやめてくれっ!」 諦めたかのような光音の声に不満の声をあげる橘。 だが、もう。この流れは止まらない。 橘は、これから起こることがわからないわけではないだろう。……ただ、認めたくないのだ。 「1」 光音はもう、目を閉じてカウントしている。 「いいか? 破壊じゃなくて粉砕だ。破って壊すんじゃなく、粉になるまで砕くような感じで」 「指図すんな。……任せろよ」 「0」 光音の涼やかな声が無情に響く。 橘は遂に背を向け逃げ出した。 しかし、それはあまりにも遅い。遅すぎだ。 旨美の圧倒的な速さの踏み込みを前に、それは悪あがき以外のなにものでもなかった。 一瞬の静寂。それは、すぐに破られた。 ズガガガガガガガガガガガガッ!! 静寂を破ったのは爽快かつ豪快な連音。日常ではなかなか聞く機会の無い音。格闘ゲームでもゲージをためないことにはなかなか聞くことの出来ないような豪快な破壊音だった。 「ああ……人間はこんなにもすごい音を出せるんだ……」 俺は素直に感想をもらした。人間に打楽器としての新たな可能性を見いだした歴史的瞬間だった。 その打音は5秒ほどつづいて、最後に、 ドッゴオオオオオオオンッ! 一際大きい音と共に……橘は、星になった。 「や、やりすぎ……」 光音のつぶやき。続いて聞こえてきたのは……黄色い歓声だった。 「旨美ちゃんかっこいーっ!」 「ステキーッ!」 「きゃーっ、こっち向いてーっ!」 どこから現れたのか、女生徒が十数人。旨美に賞賛の声を上げていた。 旨美はイヤそうにそっちの方を向く。 「きゃー、旨美ちゃんがこっちむいてくれたーっ!」 「旨美ちゃんかっこいいーっ!」 「私は転がされてる旨美ちゃんも好きーっ」 「あーっ、わたしもわたしもーっ」 対する旨美は、ため息一つ。そして、じろりと一団をにらみつける。殺気の籠もった強い視線だ。 そして、構える。 瞬間、蜘蛛の子を散らすように女生徒達は逃げ去っていた。 「……お前、本当にファンがついてたんだな……」 「黙れ」 「しかも女の子ばっかり……」 「頼むからそのことには触れないでくれっ……!」 旨美は疲れた顔で辛そうに呟いた。始終元気な旨美にしては珍しかった。 ちょっとかわいそうに思えた。話題を変えることにする。 「いや、それにしても……あの場で最強だったのは光音だったな」 「え?」 突然話を振られ、俺の方を向く光音。 「あのカウントダウンがなかったらああまでスムーズに事は運ばなかった。あの場を支配していたのは間違いなく光音だったな」 「さすがだぜみつね先輩っ!」 俺の振った話にのってくる旨美。まあ、このバカは話しにあえてのったとかではなく純粋に光音をたたえるつもりで調子を合わせてきたのだろうが。 「え? え?」 そんな賞賛のなか光音だけが戸惑っていた。 | ||
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