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六日目
(2)
恐怖




「なんだかなあ」

 昼食を終えて、俺は光音に家を追い出されていた。
 光音は朝食後もちょこちょこと掃除の準備を進めていたが、午後からは本格的にやるとのことだった。
 そして、俺は掃除の邪魔になるらしい。
 もちろん俺も手伝うと言ったのだが、
 
「おばさんに一人でやるように言われた」

 の一点張り。……どうやら俺は相当信用がないらしい。親にも光音にも。
 なんとなく町に出てきたものの、これと言って行くところがない。期末試験も近いのだから勉強をしなくてはならない――そんなまともな考えも浮かぶが、夏の日射しでその考えは簡単に散らされる。朝の一件もありなんだかやる気がしないのも理由の一つだった。
 
「なんだかなあ……」

 同じセリフをもう一回。
 ぼんやり歩いていると、誰かがこっちに向かって走ってきた。知っている顔だ。
 
「やあ雅弘くううううんんんん……」

 ドップラー効果たっぷりに、橘が走り抜けていった。
 
「なにやってるんだ、あいつ?」

 元気なヤツだ。
 橘の走り去る姿をみていると……。
 
 ゾクリ。
 
 ひどく嫌な予感がした。まるで今すぐにも死んでしまいそうなぐらい切迫した予感。
 背後から風を切る音。
 俺は勘に任せて身を低くした。すると、頭の上を二回。なにかが風を切る音が通り過ぎた。
 振り返ると、そこには一人の女生徒がいた。
 腰まで届く、ウエーブのかかった黒髪。
 でるところは確実に出て、ひっこむところは着実にひっこんでいる完璧なプロポーション。実は風紀委員でありながら一番風紀を乱しているんじゃないかという評判のプロポーションの持ち主は、風紀委員長の清水先輩だった。
 日曜だというのにセーラー服に風紀委員の腕章をつけ、腰には”風紀袋”と書かれた袋をつけている。
 清水先輩は、なぜか右手を天にかざしていた。
 
 ガシッ
 
 固い音と共に清水先輩の手におさまったのは、くの字型の木の板だ。なんだか、ブーメランのように見える。すごく見える。見えるなあ。
 状況からすると、どうやら俺の頭上を清水先輩が投げたブーメランが往復したらしい。
 ……マジか?
 
「ちっ、逃したか……」

 物騒なことを呟くと、清水先輩は手にしたブーメランを”風紀袋”に放り込み、こちらにツカツカと歩いてきた
 
「し、清水先輩なにやってるんですか?」

 思わず声をかけてしまった。かけてから、実はそのままやり過ごした方が良かったんじゃないかと後悔した。
 
「あら……あなたはええと……みっちゃんの幼なじみの?」
「そーゆー覚え方はやめてください」
「それじゃ最近私を翻弄してくれる男子生徒」
「そーゆー覚え方はやめてくださいっていうかごめんなさい」

 俺が頭を下げると、清水先輩はくすくすと笑った。
 どうも、先輩で風紀委員と言うことで俺もなにやら丁寧語になってしまう。おまけになんだか低姿勢だ。今しがたの”恐怖”もそれを手伝っているのかも知れない。
 
「冗談よ。あなたはいちおう風紀的に正しいし、別に怒ってないわ。――高坂雅弘クン」
「俺の名前知ってるんですか?」

 よくよく思い出してみると、清水先輩にちゃんと名乗った覚えがない。”光音の幼なじみ”と呼ばれてしまうのも無理がないのかもしれない。
 だから、名前を、しかもフルネームで知っているのは意外なことだった。

「風紀委員長ともなると生徒の情報はなるべく把握していなくてはいけないからね」

 そう言って清水先輩は腰を逸らし胸を張った。大きかった。
 
「今、なにをやったんですか?」
「不良男子生徒を捕まえるために、ちょっとね」

 言うと、清水先輩は髪を掻き上げ、
 
「まあ、逃げられちゃったけど。ごめんね、今ちょっと当たりそうだったわよね」

 そう、いたずらっぽく言った。
 ちょっとと言うか直撃コースだったような気がするんですが。
 
「……あんな危ないものを使って追っかけてたんですか?」
「危ないものって……ああ、ブーメランのことね。アレは危険物じゃなくて没収品」
「没収品?」
「そう。三年前、当時の風紀委員が生徒から没収したものよ」

 ぽんと、清水先輩は”風紀袋”を叩いた。
 没収品だろうと何だろうと危険物には変わりがないような気がする。
 
「没収したものを使っていいんですか?」
「”風紀五秒ルール”と言ってね。緊急時には五秒間だけ没収品を使ってもいいことになってるのよ」

 誰だ、そんなルール作ったのは。
 って言うかなんだそのルールは。

「それで、ブーメランですか?」
「あら、他にもいろいろあるわよ」

 そう言って清水先輩は”風紀袋”からいろいろとものを取り出し始めた。
 カミソリ、ナイフ、メリケンサック、チェーン。木刀、釘バット、チェーンソー……って!
 
「ちょっと待って下さいっ!!」
「あら、なあに?」
「なんでそんなにいっぱい入ってるんですかっ!?」
 
 ”風紀袋”の大きさはせいぜい学生鞄を二周り大きくした程度だ。メリケンサックやチェーンはともかく、木刀や釘バットはそもそもおさまる長さではない。チェーンソーなんてなおさらだ。
 
「ああ。それはね。中がこういう構造になっているからよ」

 そう言って、清水先輩は”風紀袋”の口を開き、中を見せてくれた。
 その中は……。
 
「……ああ、なるほど。これならいくらでも収納できますね」
「そうでしょ? それにとっても軽いのよ」
「すごいなあ」
「学園の”7オーバーテクノロジー”のひとつと言われているわ」
「こんなのがあと6つもあるんですか……」

 なんだかもの凄い話だった。
 清水先輩はテキパキと出した没収品を”風紀袋”に片づけていった。
 チェーンソーがその袋の中におさまるさまは、中身の構造を知らなければとても信じられない光景だっただろう。

「でも、今走っていったやつ……その”五秒ルール”を使ってまでして捕まえないといけないヤツだったんですか?」

 あえて、橘の名前を出さないで尋ねる。最近の状況を考えると、安易にそういうことをすると危険に感じられた。
 清水先輩は、収納の終わった風紀袋を腰につけながらこちらを振り向く。
 
「あの生徒と言うよりは……もっと大きなことね」
「大きなこと?」
「どうも最近生徒の動きがおかしいのよ……。うまく言えないけど、なんて言うか”静かに騒いでる”感じなの」

 ……この人、気づき始めている。いや、既に気づいているのかも知れない。
 ”サイレント・フェスティバル”
 あの馬鹿げた祭典が、進行中であるという事実。
 そう言えば、橘が言っていた。昨年のサイレント・フェスティバルを潰したのは、清水先輩だと。
 
「”静かに騒いでる”なんて、なんか矛盾してますね」

 俺は内心冷や汗をかきつつ、冗談めかして言った。
 
「そうね」

 清水先輩はクスリと笑む。

「だから、何か気づくことがあったらいつでも風紀委員までお願い、ね」
「なんだか、大変そうですね」
「そうね。でも、学校の風紀のためだから」

 清水先輩は、サッパリと言った。
 その様は、まるで夏に吹く涼風のようにさわやかだった。

「自由な校風というのもいいけれど、快適な学園生活をするためには最低限守らなくちゃいけないルールがあると思うのよ。みんなが気持ちよく過ごせるためなら、私はどんな苦労をしたって構わないわ」

 清水先輩はグッと拳を握り混む。

「そのために、余計で下らなくてろくでもない、一ミクロンの価値もない行事なんてしなくてもいいのよっ……!」

 でも、やっぱり恐い人だった。
 って言うかやっぱりサイレント・フェスティバルに気づいているようだ。今後は今まで以上に気をつけなくてはまずいだろう。
 
「じゃ、私はこれで行くわ。休日だからって羽目を外さず、学生らしく過ごすのよ」
「はい。肝に銘じておきます」

 素直に言う俺に満足げな笑みを返し、清水先輩は休日の街へと歩き出すのだった。
 俺はその後ろ姿をぼんやりと眺める。
 
「橘……死ぬなよ……」

 俺にはただ友の無事を祈ることしかできなかった。
 


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