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「……ただいまーっ」 家の扉を開けると、中は暗かった。 暗いと言っても背後からの夕日の赤い光で不自由はない。しかし、それは家の奥の暗さをより強めているように思えた。 家の中へとやたらと長く伸びる自分の影が、なんだか不快だ。 扉を閉め適当に靴を脱ぐと、玄関から廊下へ。 ギシッ 床の軋む音。 別にそんなに大きい音ではない。だが、静かな家にやけに響くように感じられた。 「……なんか、変だな」 妙に静けさが気に掛かる。いつもはそんなことはないと言うのに。 そんなことを気にしつつ、足は自然と台所に向かっていた。 夕日のみを照明とする台所には、誰もいなかった。 ああ、そうか。 「今日は光音がいないのか……」 当たり前のことを呟く。 いつもはこの時間、光音がここで料理していたのだ。 それが、いない。 「まあ、それはそれで静かでいいか……」 一人でいると独り言が多くなると言うが、本当かもしれない。家の中で自分以外の音がないのが、ひどく煩わしく感じられる。声を出すとそれが紛れるように思えるが、言った後はさらに静けさが増すように思えるのが余計に煩わしい。 それにしても、一人、か……。光音には夕食をつくらなくていいと言ったのだから、べつにそれは不思議なことでは……ってちょっと待て。 父さんと母さんはいつ帰ってくるんだ? 再び、玄関の方へと向かう。 玄関へと向かう廊下の途中には、電話がある。見てみると案の定、留守電が入っていた。 さっそく再生してみる。 「雅弘、元気〜?」 脳天気なこの声は、母さんに間違いない。 「母さん達は元気よ。久しぶりに新婚気分みたいな感じかなっ?」 ……はいはい。 「光音ちゃんに食費渡したけど、どう? おいしいもの食べさせてもらってる? 光音ちゃん困らせたりしてないでしょうねぇ?」 むしろ俺の方が困っているような気もする。いろいろと。 「光音ちゃんに変なことしちゃだめよ〜。でもそういうときは女の子の気持ちと周りのムードに気をつけなさい。でも結局いちばん大事なのは勢いよ勢いっ!」 ……何を言ってるんだろうな、この人は。 「それで、本題。父さんの仕事が思ったより大変で、母さんたち今週は帰れそうにないわ。近くに温泉もあるからなおさら帰れないのよ。食費の方は光音ちゃんに渡してあるからそれでなんとかしてね。光熱費とかは今まで通り銀行振り込みだから心配なし。それじゃっ」 プー 録音終了を告げる留守電の音。 なんかちょっと呆然としてしまう。 え〜と、帰れない、と言ったか? なんか変なことが混ざっていたような気がするが、たしかにそう言ったような……。 ぴんぽ〜ん なんだかボーッとしていると、呼び鈴の音が。 出なくてはならないが、精神的にそれどころではないと言う気持ちが俺の動きを止めていた。 ぴんぽ〜ん もう一度鳴るチャイムに、とにかく行かなくてはならないと言う常識的な判断を取り戻す。のろのろと玄関に向かい、扉を開ける。 そこには……。 「だれもいない……ひとりでいるという寂しさが、俺に幻聴を聴かせたのか? ハハ、我ながらナイーブだぜ」 扉を閉じようとする。 クイッ 引っ張られる感覚に振り向くと、服の裾を引く小さな手があった。 その先に、俺を睨むように見上げる小さな顔があった。 「あ、光音か。あまりに小さくて視界に入らなかったぞ」 クルリと反転すると、光音はそのまま歩き出そうとした。 「待て待て」 慌ててその両肩を押さえる。 が、それでも光音は足を踏ん張り歩こうとする。 もっとも俺の方が力もあり体重もある。光音の足は地面をこするばかりで前へ進もうとはしなかった。 「待てってば」 「……どうせ、見えないんでしょ」 なんか、拗ねている。 「でもほら、見えなくても聞こえるって言うか……」 「飢えてしまえ」 すごい一言を返すと、光音は足に更に力を込め前へと進もうとする。予想以上に強いその力に引きずられそうになり、俺はあわてて力を増し引きとめる。 「わ、悪かったよ。飯、作りに来てくれたんだろう?」 光音は応えない。が、進まない足を動かすのだけはやめてくれた。 「いま母さんからの留守録を聞いた。まったくひどい話だよな」 「冷蔵庫の中にお野菜があるから、野菜炒めぐらいは作れる。ご飯もお昼の分が残ってるから、暖めれば食べられる」 光音は言うと、再び足を踏ん張り前に進もうとする。 「さよなら」 光音が一歩、力強く進む。 「ちょっと待て、あ、謝るから」 光音は、無言。 「昨日もいったが……お前に作ってもらわないと、困る」 そういうと、ようやく光音は歩みを止めた。 「本当に?」 「とても困る」 「本当に?」 「すごく困る」 なんだか昨日のやりとりみたいだ。昨日と違うのは、俺が最初から負けてること。……自分がひどく情けなくなったように思える。 とにかく、光音は踏ん張るのもやめてくれた。今は普通に立っているだけだ。 俺はおそるおそる光音から手を離す。 光音はゆっくりと振り返った。動きに伴い、涼やかに黒髪が揺れる。夕日を跳ね、黒髪が赤く輝く。 「じゃあ、つくったげる」 そういって、微笑んだ。 それはほんとうに微かな笑み。無表情な光音がうかべる、小さな笑顔。白い頬を夕日で赤く染めた、和えかな笑み。 それを見て、なんだかホッとした。 グウ 「あ」 安心したら、腹が鳴った。 光音は口に手を当て、クスクスと笑う。 「雅弘、子供みたい……」 「ああ、そうだよ光音。俺は育ち盛りの子供だから腹が減ってるんだ。早く飯ーっ、メシーっ、めししーッ」 なんだか開き直った俺の言葉に、光音はクスクスと笑う。 ひとしきり笑った後、 「じゃあ、つくったげる」 先程と同じ言葉を繰り返し、背の低い幼なじみは家へと上がっていった。 ……いつもの、ように。 まだしばらく光音がいるという日常は続きそうだった。 | ||
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