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五日目
(2)
休日の街

 

「……だいたい駅で待ち合わせじゃなかったのか?」

 俺は隣を行く橘に不満げに声をかけた。
 午後一時近くの駅前。頂点に登ろうとする夏の太陽は容赦なく強い日射しを投げかけてくる。
 じりじりと焼かれる感覚に眉をひそめる。
 朝の一件は、結局の所こいつが予定に反して家に来たのが原因だったのだ。……と、思うことにした。あのあとは光音となんだかギクシャクしてしまい大変だったのだ。それでも光音は朝昼とちゃんと食事を用意してくれた。
 ただ、今晩の親との交渉で最後になってしまうかもしれない光音との食卓が――ってそんなたいそうなものでもないのだが――落ち着かないものになってしまったことに、俺は不満を感じていたのだった。
 
「どうせ君も暇だろうと思ったから、朝から事前の打ち合わせでもしようと思ったのさ。もちろんアポなしで言ったわけだから、断られたらすぐに消えるつもりだった」
「事前に電話ぐらい入れとけ」
「そうだな。すまない、僕も礼を失していた」

 言って、橘は頭を下げた。

「お、おう。わかればいいんだ」

 あまりにアッサリと橘が謝るので、俺はやや気後れするものを感じる。
 別に「絶対に頭を下げない」というタイプのヤツではないのだが、それでもこんなに素直に謝ってくることは珍しかった。

「君と川波光音との仲があんなに進んでいるとは思わなかったんだ。本当にすまなかった」
「へ?」
「”人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死んでしまえ”……まさに僕はそんな下らない死に方をすべき愚か者なのだろう」
「いやちょっと待て……」
「祝福するよ。僕の最高の友人である君に、本当に幸せが訪れたことに。君の幸せは、僕の幸せでもある。僕は今、心の底から喜んでいるよ」
「あ、あのな橘……」
「ただ苦言を言わせてもらうと……サイレント・フェスティバル終了までは君達の仲を秘密にしてもらいたい。どうしても票に関わってくるんだ。ひどいことを言っているのはわかっている。でも、僕は今年のサイレント・フェスティバルに懸けているんだ。僕のことをののしってもいい。殴っても構わない。でも、頼むから学内ではあまり関係を持たないで欲しいんだ」
「だから橘……」
「どうしてもガマンできなければ校舎裏や体育用具室でこっそりと」
「お前は人の話を聞けっ!!」

 俺の叫びに、ようやく橘は黙った。
 
「俺は光音とつき合ってるわけじゃない。あれは偶然、ただの事故だったんだ」
「雅弘くん。照れなくていい。君と僕の仲じゃないか。それに言いふらしたりしないのは今言ったことでわかるだろう?」
「そういうことじゃなくて……。あいつは飯を作ってくれに来ただけだ。それであれは……たまたま、だ」
「いやでも……」
「とにかくそういうことなんだよっ! それより今日集まった理由は何だ!? 早く本題に入れよ」

 いい加減らちが開かないので話題転換を図る。
 それに、この話題にはもうあまり触れたくないように思えた。
 
「ふむ。まあいいか。君と川波光音がつき合っていないならそれはかまわない……と言うより、こちらとしてはありがたい。では本題に入ろう」

 こほん、と橘は咳を一つ。いかにも演出しているといった感じの咳の仕方だった。
 
「前にも言ったが……例のメイド服の一件でインパクトは与えた。次に必要なことはなんだと思う?」

 そこで橘は言葉を止める。俺の答を待っている。
 俺はしばし考え、そしてすぐに答えに行き当たる。もとよりミスコンで優勝と言えば他に思い当たることなどない。

「さらに印象づけることか?」
「その通りだよ、雅弘くん。ではどうすればいいと思う?」
「……次はネコミミでもつけてみるか?」
 
 冗談めかした俺の発言に、しかし橘の表情は真剣だった。
 
「それは素晴らしい。しかし今はその時期ではない」
「時期?」
「そう。我々は単純に川波光音を優勝させればいいと言うものではない。優勝させ、かつ大きな利益を得る。これが重要だ。そうでなくては川波光音を選んだ意味がない」

 なんか橘はとんでもないことを言った。
 ただ優勝させるだけでも困難に思えるのに、こいつはそんな余計なことまで考えているのだ。言ってることはそれなりにもっともではあるが、無茶でもあった。
 
「川波光音はすでに優勝をねらえるかもしれないという微妙なラインにいる。しかし、そこからあまり進みすぎてはダメだ。それでは優勝時の倍率が下がってしまう。川波光音には最後まで優勝候補外でいてもらう。そしてラストに一気に注目を浴び、優勝まで駆け上がるのが望ましい」
「……そんなこと可能なのか?」
「難しいだろうな。しかし、不可能ではない。そのため作戦がある」
「作戦ねえ……」

 今の位置をキープしつつ、しかも直前に注目を浴び優勝する――そんなうまい手なんてあるように思えなかった。そもそもが優勝させること自体が困難な光音である。

「で、実際には何をするんだ?」
「うむ。具体的には、川波光音につけてもらうアクセサリーを買う。君はそれは普段のお礼として川波光音にプレゼントするんだ」
「……はあ?」

 橘の意味不明な言葉に、俺は気の抜けた疑問の声を上げた。
 まったく、何を言っているのかわからない。
 
「訳が分からないと言った顔だね」
「当たり前だ。説明しろ」
「……では、まず聞こう。君は川波光音がなぜ今まで目立たなかったと思う?」
「地味だからだろう」

 即答した。
 光音は地味なヤツである。今注目を浴びているという状況こそ異常だった。
 俺の言葉に橘は満足げに頷く。
 
「そのとおり。彼女は着飾らない女の子だった。それがメイド服を着ただけであの注目度……素養はある」
「それでアクセサリ、か。でも目立ちすぎるのはまずいんだろう?」
「そうだね。校則もあるから、なるべく地味なものがいい。だから川波光音には”なんとなく気になる存在”になってもらう」
「なんだそれは」
「なんとなく、気を引かれる。つい、目がいってしまう。そういう、潜在的に働きかけてくる何かだ」
「漠然としてるな……そんなのがなんの役に立つんだよ?」
「”なんとなく気になる存在”になって認知度を高め、最後に注目を浴びる何かを行えば可能だと思うよ。例えるなら、気づかれないようにガソリンをまき散らしていおいてタイミングを見計らい爆発させるようなもの。炎上するのはまさに一瞬だ」

 俺は想像してみた。
 普段気になる女の子が、突然変わったりすればそれは注目するし、その女の子に対する考え方も変わる。それが良い方向に働けば、確かに橘のシナリオ通りに進むのかもしれない。
 しかしそれを学校規模に行うとするとどうか。
 かなりのバクチに思える。それも、ひどく勝ち目の薄いバクチだ。
 第一、この方法には重大な問題点がある。
 
「そんな都合のいいアクセサリなんてあるのか?」
「それをこれから探すんだ。……でも、見つからなければ別の手を考えるつもりだよ。その時は普通に優勝を目指す。それはそれで難しいことなんだけどね」
「いい加減だなあ……」
「とにかく、今日はこれからアクセサリを探すよ。ある程度目星はつけてあるんだ」
 
 そして俺達は、休日の商店街へと繰り出すのだった。
 




「やっぱりいいのはないもんだな」
「まあ、ね。難しいよこういうのは」
 
 商店街の一角。
 中央に噴水のある、広場のすみには設置された休憩用のベンチ。
 土曜の昼過ぎとあって、人の往来は激しい。
 そんな中、二時間ほど店をまわった俺と橘は、ひと休みしていた。
 
「本当にアクセサリって必要なのか? ネットの宣伝で代用とか出来ないのか?」
「もちろんその手も並行して使うつもりだけど……前にも言ったように、やっぱり実物に注目を集めさせるのが一番効果が高い。それがなくてはいくら何でも無理だろう」

 橘とさがしたアクセサリは、確かにどれも良さそうなものだった。
 指輪にピアス、腕輪。そのへんはまあ学校に着けていくのはむずかしいが、無難なところで小さなバッチやキーホルダー、リボンなどもあったが、どれもピンと来なかった。
 なにより、なんだか光音に似合わないような気がした。光音はそもそもアクセサリというものと相性が悪いかもしれない。

「どうしたものかなあ……」

 ぼんやりと町並みを眺める。
 商店街はそれなりに開けていて見せも従事ついしてるが、別にそういった服飾品が多いわけではない。今日がダメなら明日はもっと大きい街に出なくてはならないが、望み薄だ。
 と、視界にふと見慣れたものが通り過ぎる。
 ショートヘアーから生えた、ちょこんとした小さな三つ編みが二つ。いつもと違う服装だったが、その髪型と後ろ姿には見覚えがあった。

「守屋?」
「え?」

 振り向く姿は間違いない。クラスメイトの守屋だった。
 いつもの制服ではなく、Tシャツとジーンズ。スニーカー。
 一言で表現するなら、”軽快”。活動的な守屋にはぴったりの装いだった。

「こ……高坂くん……?」

 キョトンとする守屋。その表情はまさに鳩が豆鉄砲を食らったようだった。
 リアクションが派手な守屋にしては大人しめ、というよりリアクションをとれていない言った感じだ。
 
「よお。こんなところで奇遇だな」
「なっ……」
「な?」
「なんでっ!?」
「なんでって……なにがだ?」

 わけがわからなかった。
 守屋は頭を押さえ目をぐるぐるとまわしている。どうも俺よりわけがわからない状況だった。
 ……本当に、なんでなんだろう?

「ななななんでこんな気合入ってない格好のときに出会うのっ!?」

 守屋はそんなことを言った。
 ……何を言ってるんだろうか、守屋は? なんだか理解不能だった。

「いつもはがんばってるのに、なんでこういう気を抜いたときにあらわれるんだよ高坂くんっ!!」
「そんなこと言われても」
「ひどい、ひどいよっ! 女の子いじめて楽しいのっ!?」
「いやあの……」
「ボクのこと困らせてなにが楽しいのっ!? 高坂くんがそーゆーの好きならボクもちょっと考えちゃうよっ!」

 そういうと守屋はう〜んと腕組みして考えて……。
 
「考えるって何を考えればいいのっ!?」
「頼むから落ち着いてくれ……」
「ああもうどうしようっ!! どうしようったらどうしようっ!?」
「守屋は着飾らなくても充分かわいいんだから別に困ることないだろう?」

 俺の一言に、守屋はようやく動きを止めた。
 そして体は止めたまま、ただぶるぶると震え頬を赤く染めた。
 
「だいじょ……」

 大丈夫かと声をかけようとしたが、守屋はそれをさえぎるように力いっぱい俺のことを指差した。
 そして、
 
「ずるいっ!」

 そう、言いきった。
 




「へえ、アクセサリなんか探してるんだ」
「まあ、そういうことなんだ」

 ようやく落ち着いた守屋に、俺と橘はとりあえず「アクセサリを探している」という部分だけ説明した。
 守屋は先ほどの発言からすれば服装には気をつかっていそうだし、それになんと言っても”コツ”がある。俺達では思いもつかないようないいものを見つけてくれるかもしれない。
 ……なんだか運任せばっかりだった。
 
「……誰にプレゼントするの?」

 守屋は真っ直ぐに俺に向かって聞いてきた。
 対して俺は、
 
「同い年の親戚の子に、ね」
「親戚?」
「なまいきなヤツでな。俺のセンスがないとか言うから、かっこいいアクセサリをプレゼントして驚かせようと思ったんだ。でも、なかなかむずかしくてね」
「ふうん……」

 この言い訳はあらかじめ橘と打ち合わせていたものだ。多少無理があるが、その方が疑われないと言うのが橘の言。
 多少の疑問をもたせ、かつそれを実際に質問させないうちに話を進めるのが大切らしい。そうすれば相手は「相手の話を注意深く聞いている」という認識のままこちらの話を聞いてくれる。最後に納得させてしまえば大抵の場合、途中の疑問は大抵帳消しになる。
 だから俺は、そのまま言葉を続ける。

「橘誘って探したけど、やっぱり難しいよ。なにか心当たりがあったら教えて欲しい」
「そうだね……」

 守屋は腕を組んでう〜んと考え込む。
 数秒そうしていると、ぱっと顔を上げ、

「あ、それならいいお店があるかも」
「ほ、ホントか?」

 橘の方を向くと、なぜか親指をビッと上げていた。
 俺も親指を立て応える。
 そして、守屋に向き直る。

「さすが守屋。よく知ってるな」
「うん。こういうことにはね……」

 明るい笑顔で、守屋は人差し指をピッと立てる。
 
「コツがあるんだよっ!」

 学校外で見るのは始めてのいつものセリフを、守屋はいつものように晴れ晴れというのだった。

 

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