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三日目
(1)
平和な朝



 ゴオオオオオオオオォォォォン
 
 煩悩を消してくれそうな諸行無常な響きが広がる。
 俺は厳かな気持ちで目を覚ました。
 身を起こすと、目の前にはフライパンとおたまを持った背の低い幼なじみ。
 俺は両手を会わせて深々と頭を下げた。
 対する光音は、慌てて両手を前に出すとお辞儀を返した。
 双方の作法によって生まれる静寂。
 朝に相応しい静かな時。
 が、それは一時のものだった。
 
「な、なに? どうしたの?」

 スチャ。
 警戒するように、光音はフライパンとおたまを構えた。
 静かな朝のひとときは早くも終わりを告げたようだった。
 俺は失われた静けさに別れを告げるように、ため息を一つ。
 
「今日は目覚めが良かったんだよ」

 落ち着いた声で、そう答えた。

「本当にいい朝だ。どうしてフライパンとおたまで古寺の鐘みたいに重厚で味のある音が出せるのか、気にならないぐらいにな……」

 呟くと同時に、グウと腹が鳴った。
 その音に、光音はわずかに苦笑。そして、
 
「できてるから、早く」

 言いつつ、部屋を出ていった。
 俺は光音の胸ばりに平らになってしまった腹を押さえつつ、やれやれとベッドから出るのだった。





「おお……」

 俺は感嘆の声を上げた。
 食卓に広がるのは、ごはんにみそ汁。鮭に漬け物。
 まともなメニューだ。
 昨夜のメニューは……ごはんと、たくわん。それだけ。贅沢を言うわけではないが、おかわりすら制限されたそのメニューではあまりにも物足りなかった。どうしてこんなに少ないのか聞いてみても

「お昼に相談できなかったから仕方なく」

 の一点張り。なにか意地になっているというか拗ねているというか、そんな感じだった。一緒に昼飯を食わなかったのが何だというのだろうか。それよりなにより、昨日の朝の一件が大きく影響を与えていたらしい。
 なんにしてもはっきりした。
 こいつは本気だ。
 本当に俺の食の全権を握っているし、その気になれば俺を餓死させることさえ可能なのかもしれない。
 考え込む俺に、光音が問いかける。
 
「食べないの?」
「喰うっ!!」

 わずかな間もおかず脊髄反射的に即答、そのまま箸とお茶碗を両手で大活用開始っ!
 飢えを満たすべく、俺の両手と口はかつてないほどの連携を見せた。
 
「そんなに急いで、味なんてわかるの?」
「まずかったらこんな勢いで喰えるかあっ!!」
「そ、そう?」

 また俯いてしまう光音を横目で見つつ、俺は猛然と朝食を平らげていくのだった。
 




「今日は何も出すな」
「やだな、そんなことしないよっ」

 俺の教室に入って開口一番の言葉に、守屋は苦笑しながらそれでも明るく答えた。
 今朝は清水先輩の風紀チェックはなかった。時間が合わなかったのか旨美と出会うこともなく、ようやく平和な登校が出来たのだ。トラブルはごめんだった。

「昨日はちょっとビックリしちゃっただけだよっ」
「なんでだ?」

 昨日、別に普通に話していただけで驚くようなことはなかったはずだった。俺があの当時のことを思い出そうと考え込むと、守屋は慌てるように
 
「ビックリするにもコツがあるんだよっ」

 とか言った。わけがわからなかった。
 
「コツ?」
「うん、コツ」
「……もし本当にそんなコツがあるんなら、極力使わないでくれ」
「うん、善処するよっ」

 なぜかガッツポーズを取る守屋。俺はため息を吐く。最近ため息を吐く機会が増えてような気がする。
 
「そう言えば、なんで清水先輩いなかったな……」
「さすがに昨日のはキツかったんじゃないかな……」

 昨日の朝……。
 清水先輩と旨美との追いかけっこ。なかなかに激しかった。
 
「清水先輩、三回ぐらい旨美の横転に巻き込まれていたなあ……」
「窓から見えたよ。豪快だったねっ」
「でも変だよな。清水先輩、なんであんな簡単に巻き込まれるんだろう?」
「あのスピードじゃ仕方ないんじゃないかな? 上から見ても目で追うのが精一杯だったよ」
「でも、さ。旨美の攻撃なんてあんなに単純だろ? 踏み込みの一歩目から攻撃の方向どころかどこを狙ってるのかタイミングまでバレバレだ。それをすっころばす俺の動きにしたって単純そのもの。いくら速くたってかわせて当然だと思うんだけどな。別に清水先輩にぶいわけでもないのに」

 俺の言葉を真剣に聞いていた守屋は、はあっと息を吐いた。それは感嘆のため息のようだった。……感心されるようなことは言ってないはずなのだが。
 
「高坂くんは、もうちょっと自分がすごいことに気づいた方がいいと思うよっ」
「俺が……すごい?」

 初めて聞く評価だった。
 
「うん。高坂くんはすごいよ。旨美ちゃんってすごく強いのに、いつも簡単に転ばせちゃうじゃない」
「あれは俺が強いんじゃなくて旨美がバカなだけなんだよ」
「ううん。高坂くんはすごいと思うよ。……かっこいいと、思うよ……」
「へ?」

 最後の一言は小さすぎてよく聞き取れなかった。
 が、俺がそのことを聞くより早く、守屋は自分の席へと戻ってしまった。同時に、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
 
「”すごい”ねえ……。どっちかって言うと、それは俺が守屋に言いたいセリフだよ……」
「ふむ。つくづく自覚の足りない人間だな、君は」

 後ろからの声。橘だ。
 
「君は超がつくほど特殊な人間だ。保証しよう」
「貴様が言うなっ……!」

 いつも通り、担任の岩崎先生はチャイムと同時に教室に入ってきている。
 話す時間はほとんどない。
 
「雅弘君。放課後、一つ頼みたい仕事がある」
「あ?」
「作戦、始動だ」
「ホラ静かにしろ、始めるぞ」

 岩崎先生の声に、会話を中断される。
 まずは、授業だ。そのあとは……どうなるのだろうか。


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