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二日目
(1)
朝のダンス



 ズッ……ドッカアアアアアアンッ!


「うおっ……? うわあああああああっ!!」

 鼓膜を破らん限りのすさまじい爆発音!
 そして、体中が焼けるように熱い。
 俺はあわてて跳ね起きる。

「なんだっ!? いったい何が起きたんだっ!?」

 辺りを見回す。
 窓から差し込む朝日に照らされた、すこし散らかった部屋。
 机もいすも床に転がってる雑誌も、どこにも火の気も爆煙もない。
 いつもと変わらない、見慣れた自分の部屋だった。
 ただ、そこにいるのは、

「おはよう」

 そっけなく朝の挨拶をする、背の低い幼なじみ。
 制服の上に、飾り気のない白いエプロン。
 その手にはおたまとフライパン。
 ……おたまと、フライパン……?

「どうしたの?」

 突然動きの止まった俺に、疑問の声を投げかけてくる光音。
 だが聞きたいことがあるのは俺の方だった。

「なあ、光音……教えてくれ……」
「?」
「今の”音”……そのおたまとフライパンで出したのか?」

 俺の問いに、不思議そうに自分の手の中にある二つの料理道具を見つめる光音。

「目、覚めたでしょ?」
「そうじゃなくって!」

 俺は思わずベッドから立ち上がって叫ぶ。

「どこをどうやったらおたまとフライパンであんな臨場感満点の爆発音を出せるんだよっ!!」

 光音は興奮する俺を首を傾げ、不思議そうに見つめる。
 そして。
 スチャ。
 おたまを上段、フライパンを下段に構える。

「得意だから」
「なにがだあっ!?」

 叫び返す俺を無視し、部屋の扉へと向かう光音。
 そして、

「冷める。早く」

 短い言葉を残し、光音は部屋から出ていってしまった。
 しばらくすると、トントンと階段を下りる足音が聞こえた。待つつもりは全くないらしい。
 気がつくと、汗で寝間着がびっしょりと濡れている。昨夜はうっかりカーテンを閉め忘れて眠ってしまったらしい。
 それにしても、だからといって……。

「そんなバカな……」

 俺は呆然とつぶやくのだった。 






「忘れ物、ない?」

 先に玄関をでた光音の声。

「ガキじゃあるまいし……」
「そんなことを言ってるうちは子供」

 さらっとキツいことを言い、光音はそのまま歩き出してしまう。
 背の低い幼なじみがトテトテと歩くさまはそれこそ子供っぽかったが、俺は大人の対応としてそのことについては口をつぐんだ。
 家の鍵をかけ、早足で行くとすぐにおいついた。
 光音は脇目でちらりとこちらを見ると、視線を前に戻し歩き続けた。
 俺がついてくることがわかっていると言わんばかりの仕草だった。
 しばし並んで歩く。
 ふと隣の光音に目をやる。
 光音は背が低いので、自然と見下ろすような格好になる。
 光音は、しずしずと歩いていた。まったく無駄のない所作。歩幅ひとつひとつに全くずれがないようにさえ思える。
 歩みにあわせてわずかに揺れる肩にぎりぎり届く黒髪も、一本としてからむことなく整然としていた。
 まめにアイロンをかけているのか、制服にはしわ一つない。
 まるでつくりもののように完璧さだった。
 なんとなくそれが気に入らなくて、俺は光音の頭に手をかけた。
 
「ほれほれ〜」
「や、やめて」

 頭をぐしゃぐしゃやると、光音はいやがって逃げようとする。
 しかしつかみやすいサイズの光音の頭である。押さえるのは簡単だ。
 動きを止め、そして再び頭をぐしゃぐしゃとやる。指の間を抜ける髪の感触が気持ちいい。

「相変わらずさわり心地いいなあ」
「やめないとおかずが大変なことに」

 その一言に、バッと手を離す。
 光音はこちらをじっとみながら、右手で髪を整える。左手には鞄と巾着。巾着の中にはおそらく今日の弁当が入っている。

「なあ。そうすぐに食い物のこと持ち出すのはやめにしないか?」
「そう思うならへんなことしない」

 光音は相変わらずにべもない。
 そんなことを話しながら歩く。
 なにか、落ち着ける空気。遅刻に迫られることなくゆったりとした朝も悪くない。そんなことを思いつつ、あくびを一つ。
 ……ゆったりなのはいいが、睡眠時間が減るのと目覚めがさわやかではないのが問題なような気もした。
 やがて見えてくる校門。そして……。
 
「おっはようございまーすっ!」

 よく通る澄んだ声は、風紀委員会長の清水先輩の声だった。
 
「あらみっちゃんおはよー」

 にぎにぎと手を振る清水先輩。いつの間にやら俺の背後にまわった光音がおずおずとそれに答える。
 ……なんか俺、無視されてるような。
 
「あらみっちゃん髪が微妙に乱れてるわよ〜、ほら私がなおしてあげるわぅ」

 そう言って伸び来る手。
 その動きの前に俺の存在は無視……というか、障害物程度にしか認識されていないような気がする。
 動きの先にいる光音は、じりじりと後ろに下がるものの積極的に逃げようと言う気はないようだ。
 あまり好ましくないが、さりとて強く拒否するつもりもない――そんな感じだ。光音自身、清水先輩が嫌いというわけでもないようなので、だからこそ困っていると言うところだろうか。
 しかしこのままでは昨日と同じ事態になる。
 昨日は清水先輩の気を逸らしてうまく光音を取り返せた。だが、また同じ手が通じるとは限らないし、第一また光音の思い通りに動くのもなんだか面白くない。
 
 だから、先手を打つことにした。
 
 重要なのはタイミング。
 自分の中に望むものが手に入る――その瞬間は、どんな人間だって無防備になる。
 その一瞬に神経を集中する。清水先輩の手が届く瞬間、光音の両肩を掴みクイッ、と引く。

「あらっ?」

 捉えることが出来る……そう確信していたであろう清水先輩は、空しか掴めずたたらを踏む。
 光音を移動させること自体は単純な動きだった。しかしこうまでタイミングピッタリにすることができたのは光音の軽くてコンパクトな身体だからこそ、である。
 
「なにするのよ?」

 初めて俺の顔を視界に収め、憮然とした様子で問いかけてくる清水先輩。
 
「肩なんか抱いちゃって、いやらしい……」

 変なことを指摘してくる清水先輩に、光音は例によって顔を伏せてしまう。
 
「まあ、幼なじみですから」

 とぼけて言う俺に、すごい目を向けてくる清水先輩。ピリピリとした気配を感じる。これは、プレッシャー……?
 
「風紀委員として見逃せないわね」

 再び清水先輩の手が伸びる。
 光音の肩を引き、後ろに避ける。
 今度は清水先輩もそれを予想していたのか、体勢を崩さずさらに一歩踏み込み、手を伸ばしてきた。
 後ろに避けてもよかったが、それでは道の端に追いつめられる。
 俺は光音の肩をポンと横に向けて押す。光音はこのスピードについていけないのか、その力に転びそうになる。
 その動きによって、光音は清水先輩の手を逃れた。
 しかし清水先輩はそれにすら反応する。
 踏みとどまり強引に体の向きを変え、倒れ行く光音に手を伸ばす。
 だが俺もただ光音を転ばせるつもりはない。と言うかそんなことしたらおかずがピンチだ。
 俺は転びかける光音の手を取り、引く。
 華奢な身体を壊さぬよう、出来る限りソフトに、でも可能な限り速く俺の懐に引っ張り込む。
 進行方向から光音が消え、体勢の崩れていた清水先輩はそのまま転んだ。
 
 一時の沈黙。
 強く引いた勢いを殺すため、光音はいま俺の胸の中にいる。
 胸の中の光音は息が荒い。動悸も激しく、その激しさが伝わってくる。まあニブい光音にあの一瞬の攻防はきつかっただろう。

 かり、と音がする。

 清水先輩が地面をひっかく音だ。
 その音を合図とするかのように、清水先輩はゆっくりと身を起こし、
 
「みっちゃんを渡しなさーいっ!」

 猛然と向かってきた。
 なんだか意地になっている。
 しかし、こうなればこちらも意地である。
 
 手を引き肩を抱き時には腰に手をまわしたりなんかして、見切りとタイミングでもって清水先輩の追撃をかわす。

 足下を狙う清水先輩の手をかわすために光音を持ち上げてみたり。
 それでも追いすがる清水先輩をかわすため、光音を横にぐるりと一回転してみたり。

「きゃああああああっ!?」

 悲鳴を上げる光音を無視してみたり。
 
 翻弄される光音。
 あくまで諦めない清水先輩。
 そして、それをかわし続ける俺。
 高度な駆け引き、高速な攻防。
 ステップ、ステップ。ターンにジャンプ。
 まるでダンスのような追いかけっこ。
 しかし、それも終わりが来る。
 地面すれすれに引っ張られる光音をつかまえようとする清水先輩が、しかしそれでもとらえることは敵わず転んだ。
 力つきたのか、もう起きあがってこなかった。
 
「勝った……」

 荒い息を吐く俺。傍らにはぜーぜーと息も絶え絶えといった感じの光音。さすがに疲れたのだろう。
 しかし髪を振り乱し息を荒くする光音を見ると、まるでホラー映画で怪物から逃げたばかりのヒロインのようだ。
 
「こ、恐かった……」

 実際、恐かったらしい。
 
「おおおおおおおーっ!」

 いきなり喝采が上がった。
 辺りを見ると、いつの間にかギャラリーに囲まれていた。
 
「すげぇっ、朝から何の芸だっ!?」
「川波さんすごいーっ!」
「なんだなんだ? 秋の文化祭の出し物を今から練習&宣伝!?」
「アンコールゥッ!!」

 大騒ぎだった。
 仕方ないので光音の手を取りポーズを決めてみる。
 盛大な拍手が巻き起こった。
 光音はやや呆然として、それで、
 
「やだっ……!」

 いつにない力強い動作で、光音は俺の手を振りほどいた。
 そのまま小さい体を活かして人の輪を器用に抜けていく。校舎に向かって行ってしまったようだ。
 
「やれやれ……」
「雅弘ーっ!」

 一息つく俺に、遠くから近づいてくるでかい声があった。
 その声に道を譲るかのように、ギャラリーが割れる。
 その先にはショートカットの元気少女、旨美がこちらに向かい全力疾走してくるのが見えた。
 
「なに注目浴びてんだこのバカはーっ!」
「ややこしいところに出てくるんじゃないっ!」

 俺は迫り来る旨美にタイミングを合わせ、腰を一気に下に下ろす。ただし、曲げるのは右足のみで左脚は伸ばしたまま。
 膝裏のストレッチの要領だ。
 いつものように真っ直ぐ俺に向かってきた旨美は、俺の左脚に引っかかり盛大に転んだ。
 ギャラリーも心得ているのか、旨美の進行方向には誰も立っていなかった。
 
 ゴロゴロッ! ズガゴリッ!! グシャゴロゴロゴロッ!
 
 いつにもまして派手な転びっぷりだった。何かを巻き込んでのダイナミックな転倒だ。
 しかし、何を巻き込んだというのだろうか?
 旨美の転ぶ先には誰も”立っていなかった”。でも……誰かが倒れていたような気がする。
 って清水先輩っ!?
 
「うわなにやってんだ旨美っ!! バカかお前っ!?」
「てめえなに言ってやがるんだっ!?」
「そうね……なに言ってんでしょうね……!」

 力強く立ち上がる旨美とゆらりと立ち上がるもう一つの影に、俺はただひたすらに戦慄するのだった。
 
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