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一日目
(11)
自宅




 両手にずっしりと重みがかかる。
 光音の指示の元、商店街のスーパーで購入した約一週間分の食料である。
 ちなみに、両手がそれで塞がっているので鞄は光音に持ってもらっている。俺は教科書を毎日持ち帰るなんて勤勉なことはしていないので鞄は軽い。だから、光音に任せても安心だ。
 
「大丈夫?」
「なめるな」

 心配そうに声をかける光音に答えつつ、ぐっと荷物を持ち直す。
 実際、大した重さではない。ただ無闇に暑く感じられる初夏の日射しと頬を伝う汗がうっとおしかった。
 その時。
 そ、と。頬に柔らかい物が当てられる感触。
 目を向ければ、そこにはハンカチで汗を拭ってくれる光音がいた。
 
「平気だっての」

 足を早め引き離す。パタパタと着いてくる光音。

「それに……」

 光音が隣まで追いついたのを確認しつつ言う。
 
「もう、着いた」

 俺は自分の家の玄関で立ち止まった。
 荷物を持つ手で門を開け、扉の前まで歩く。
 
「鍵はうしろのポケット」

 言うと、光音は俺の鞄を左脇にはさみ、自分の鞄を左手に持ち右手を空けた。その右手で俺のポケットをごそごそとやり、鍵を取り出す。
 がちゃりと鍵を外し、扉を開く。
 その時パサリと扉から何かが落ちた。
 
「?」

 しゃがみ込み、落ちたものを拾う光音。
 俺はその脇を抜け、とにかく荷物を玄関に置く。
 
「なんだった?」
「……手紙。扉に挟んであったみたい」

 どこか歯切れの悪い答えに振り向くと、光音はなぜか手紙をじっと見つめている。
 不思議に思い、光音の傍らに行く。背の低い幼なじみの見る手紙を、上から覗き込む。
 光音が見ているのは白い封書の裏。それは、ピンク色でハート形のシールで封をされていた。
 まるでラブレターのようだった。

「雅弘って……もてるの?」
「……そんな悲しい質問をするんじゃない……」

 重々しい声で答えつつ、俺は光音の手から手紙を取り上げた。
 表に「高坂 雅弘様へ」と書かれた以外にはなにも書かれてない。どうやら、郵便ではなく直に届けられたようだ。ポストではなくわざわざ扉に挟んであるというのがなんだか作為的だった。
 ラブレターなんて一度ももらったことのない「もてない俺」としては、それがどういう意図であるかわからない。
 
「じゃ、じゃあわたしは買ったもの冷蔵庫に入れてくるから」

 そそくさと、光音は重そうに荷物を持って台所の方へと向かっていってしまった。

「……気をつかってるつもりなんだろうか」

 そんなことを口に出すと、手の中にある手紙が急に気になってきた。妙に意識してしまう。
 靴を脱ぎ、鞄をひっつかんで家に上がる。玄関からすぐの階段を上って二階の自分の部屋へ。上がるごとに動悸が高まるような気がした。気がつくと全力で駆け上がっていた。
 
「さて……!」

 部屋に入り扉を閉める。
 閉めきっていた部屋はムッとくる暑さがあったが、気にならなかった。
 鞄を部屋の机の近くに投げ出し、早速中身を見るべく手紙に手をかける。ハート形のシールを破かないよう丁寧に剥がし、中の便せんをとりだす。三つ折りに畳まれた便せんはどうしてだかわからないが薄桃色だった。って言うかピンクだピンクっ!
 そして、おもむろに広げる。初めに目に入った文字は……。
 

 サイレント・フェスティバル開催のお知らせ


「………」

 しばし、沈黙。
 
「ああ、わかってた。わかってたさ……」

 誰に言うとでもなく呟くと、がっくりとベッドに腰を下ろす。そのまま倒れ込んで、仰向けに寝ころぶ。
 目を閉じる。何にも惑わされない闇の中、世の無常について想いを馳せる。

 ……5分で飽きた。
 
 それに、暑かった。俺はのろのろと起き出し、窓を開けた。温度差から、外のぬるい風も涼しく感じられた。 一息つくと、便せんを拾い上げ読む始める。
 内容は開催の主旨に、注意事項――とにかく秘密厳守で進行すること――などだった。そして……。
 
「投票の方法は直前まで秘密、か……」

 どうも、それがわかってしまうと妨害を受ける可能性が高まるというのがその理由らしい。随分と慎重なことである。
 読み進めるが、この手紙そのものには詳細な情報はない。純粋にサイレント・フェスティバルを開催するという告知だけだった。
 そして、最後に記されたのはURL。詳細はネットで見ろという事らしい。
 
「雅弘ーっ」

 階下からの声。光音だ。俺は部屋を出て、階段を下る。
 玄関には、既に靴を履いて鞄を持った光音がいた。
 
「それじゃ、夕方また来るから」

 そう言って、背を向け扉に手をかける。
 が、そこで光音は動きを止める。

「どうした、光音?」
「……どうだった?」

 その問いは、どうやら先ほどの手紙についてだろう。
 一瞬見栄をはってやろうかと考えた。
 「明日の放課後屋上で大事な話があるそうだ」
 「明日の放課後校舎裏で対面だ」
 「明日の放課後体育用具室でタイマンだ」
 が、それは……自分の傷口をえぐるだけのような気がして……やめた。
 俺は、心の中でそっと泣いた。
 
「……橘のいたずらだった」

 そうごまかすと、かちゃり、という音がした。
 膝の力を抜いた光音がドアノブに寄りかかったので、ドアが開いた。その音だった。
 と言うか、光音はこけたのだろうか? とても珍しい事態だった。

「そう……よかったね」

 光音はそんなことを言った。
 よかった。
 よかった?
 何が良かったというのだろうか?
 その一言は俺の心の深い部分――それもおそらくデリケートな場所――に突き刺さった。
 
「ケンカ売ってるのか、お前……?」
「ち、違う」

 言いつつ、逃げるように外へ。
 
「それじゃ、夕方」

 そして、光音は行ってしまった。
 俺はため息を一つ吐いて自分の部屋に戻った。
 机まで歩を進め、机上のパソコンに電源を入れる。
 このパソコンはもともと親父の物だった。親父は、ブームに乗せられて買ったものの、家に帰ることが少なくあまり使わなくなって俺が譲り受けた。
 結構古い物だが、橘の指導の元いろいろいじくり回し、ネットを見る分には全く問題ない程度のスペックになっている。
 
「さてと……」

 開催通知に記されたURLを入力する。
 表示されたのは簡素なページだった。
 
 
 学生番号を入力してください。
 
 
 その一文と入力欄と実行ボタンがあるだけのページだ。
 学生番号を入力し実行ボタンをクリックするとページが切り替わる。
 
 ・質問
 あなたが小学生の頃図書室から借りて返しそびれている本の169ページの主人公の決めぜりふを入力してください。

 
 その一文と入力欄と実行ボタンがあるだけのページだった。
 ……ってちょっと待て。
 俺は慌てて本棚を探る。
 最下段の隅に、その本はあった。
 タイトルは「ムササビ・B君の激しい大冒険」。
 背表紙に小学校所有の証拠である、本の分類を記した表示が張り付けてあった。
 ……なんで俺すらも忘れかけていた本を知っているんだろう。
 疑問に思いつつ、169ページを開いてみた。成層圏にまで飛び出したムササビのB君が、太陽をバックに雄々しくその体を広げるシーンだった。クライマックスだ。と言うか、どんな話だったっけ、これ?
 興味が湧いたものの、今はこっちが先だ。
 
「ええと、”ムッシャー!!”、と」

 パスワードを入力すると、ようやくそのページは全貌を表した。
 ざっと見て……俺は、驚嘆するほかなかった。
 わかり易いページ構成。文字の強調なども派手になりすぎず程良く配置され、文章も極めて読みやすくわかりやすい。それでいて画像も最小限の使われ方で、これなら低スペックのパソコンでも問題なく見ることが出来るだろう。携帯電話用のページすら用意されていた。
 
「なんでこんなに凝ってるんだ……?」

 いや、凝っていると言うよりは”楽しんで作った”という印象だった。誰かが調子に乗って作り始めて、そして誰も止めずむしろあおって盛り上げてやるとこまでやってしまった……そんな雰囲気があった。
 
 サイレント・フェスティバル。

 直訳すると、”静かなる祭り”。
 ――そう、これは祭りなのだ。祭りである以上、みんなバカを全力でやってそのバカを全力で楽しむのだ。
 だからこのページは祭りの一部として正しい。
 
「ずいぶん歪んでるような気はするけどな……」

 ページを切り替える。
 投票対象の女の子の紹介ページ。要は、全学年前クラスの女子のデータベースだ。
 ページ上には顔写真一枚に簡単なプロフィール。そして、応援ページへのリンク。検索機能も大充実だ。
 ざっと見てみる。
 既に本投票ではないらしいが順位付けも行われているらしい。
 一位は清水先輩だった。さすがに強い。投票者のコメントは
 
 ・やはりこの人でしょう
 ・胸ってか胸! とにかく胸!
 ・長い髪がいかすっ! セクシー!
 ・ちょっと恐いがやっぱり綺麗
 ・この人になら叱られたい
 
 などなど。
 さすがに学園のカリスマである。橘が優勝候補というのもうなずけると言うものだ。
 順位にしたがってざっと見ると、守屋の名前が見つかる。
 守屋は中盤辺りにあった。
 コメントも数多く、そして様々だ。
 
 ・コツを教えてもらいたい
 ・コツのある笑顔が良い
 ・骨
 ・三つ編み。それとコツ
 
 ……数は多かったがよく見ると全然様々ではなかった。そうか、コツか。やっぱり守屋はコツに尽きるのか。
 さらに下の方を見ると旨美の名前が見つかる。中堅から弱小への切り替わり、と言った順位だ。
 コメントも独特だった。
 
 ・お姉ちゃんと呼んで欲しい
 ・旨美ちゃんが壊すものをなおすの大変です。どうにかして下さい
 ・ボーイッシュで素敵
 ・意外とリボンとかフリルとか似合いそう
 ・お姉ちゃんと呼びたい 

 
 ……なんかどこかしらずれているコメントが多かった。って言うか二番目のコメントは何か勘違いしているような気がする。
 さらにちょっと下に行くと、ようやく光音の名前があった。
 コメントは一つのみ。
 
 ・この娘はちょっと地味だが絶対綺麗だと思う。
 
 なんだか、力強い一言だった。
 
「やっぱり光音を優勝させるのは大変そうだな……」

 我が幼馴染みながら、なんとも。
 しかし、それだけに優勝したときに得られる食券の数は期待できそうだった。
 ひとしきりページを見、そろそろ良いだろうと、ログアウトのボタンをクリックする。注意書きで、ページを閉じるときは必ずログアウトするように書かれていたのだ。
 クリックするとページが切り替わる。
 
 
 注意!
 ログアウトする前に、今現在投票しようと思っている女の子を
 三人まで選んでください。
 一人も選択しないと次回のパスワードが表示されません。

 
 
 そして、三つの選択欄とコメントの入力欄、決定ボタンが一つ表示されていた。
 ……どうも毎回パスワードが変わるらしい。うっとおしい仕様だが、これもセキュリティのためなのだろう。 そして毎回投票対象を入力させてリアルタイムに仮の順位を決定していくらしい。これは俺や橘のように賭け事をする人間のための処置か。あるいは順位発表までに「盛り上げる」ためか。
 とりあえず、俺はあまりに票が少なかった光音に投票してやることにした。いわゆる同情票である。
 コメントは……書かなくても別にいいようだったが、せっかくなので一言添えてやる。
 
 ・わりと、かわいいところもある。
 
 決定ボタンを押してから、なんか恥ずかしいコメントだなと後悔する。
 そしてホームページを閉じたとき、
 
 ピンポ〜ン。
 
 チャイムの音。誰か来たらしい。ふと時計を見ると、午後6時近くだった。思ったより時間が経っていたようだ。
 時間からすると、おそらく光音が来たのだろう。
 俺は光音を、即ち夕食を迎えるべく、階段を下りるのだった。
 


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