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一日目
(8)
中庭



 中庭は、結構広い。ちょっとした公園並の広さがある。
 実際あるのは芝生とレンガ敷きの歩道。そしてところどころに植えられた木々と、まるっきり公園の景観だ。
 あまり運動できるようなまとまった広さのスペースはない。だから、もっぱら本を読んだり弁当を食べたりする、一言で言えば”憩いの場”みたいなものだった。
 そんな中、光音と歩む。
 初夏の日射しは少々暑い。
 中庭には、既に弁当を広げ昼食を楽しむ生徒の姿が見られた。
 ふと、自分の状況に気づく。
 自分より背が低く年下に見える女の子に袖を引かれている姿は……たぶん、とっても情けない。
 橘の言う”負け犬”の姿かもしれない。
 俺はたまらず、光音に問う。
 
「おい、どこまで行くんだよ?」
「ここ」

 そう言って指さしたのは、中庭の一角。
 木立に阻まれ、歩道からはやや見えづらい位置にある。人も少なかった。
 木立の中だけに、日射しは程良く遮られている。風の通りも悪くない。
 夏場は涼しく過ごせそうである。昼食を摂るにはいい場所だった。
 光音はレジャーシートを取り出すと、広げはじめた。ほとんど無地に近く、ワンポイントで花をあしらった柄がついている地味ながらセンスのいいものだ。光音らしい。
 風に飛ばされないよう手頃な大きさの石を四隅に配置。そして、手に持った包み――おそらく弁当だろう――を置き始めた。
  
「……ここで食べるのか?」

 俺の問いに光音は準備する手を止め振り向くと、
 コクン。
 と、
 傾く首にあわせ、黒髪が涼やかに流れた。
 ここに来るまでのとまどいのない歩みといい、レジャーシートまで用意していることといい、妙に準備がいい。……なにか企んでいるのだろうか。
 
 ”餌付け”
 
 唐突に脳裏にそんな言葉が浮かんでくる。
 思い返せば、母さんが泣いて頼んだりするというのも変な話だ。それにいくらなんでも俺に対して事前に何の話もないと言うもの妙だ。
 ひょっとして光音がすべて画策したとか? およそ考えられないことだ。しかし、だからといって否定しきれないものもある。
 だが、俺を”餌付け”して光音になんの得があるって言うんだろう。
 
「どうしたの?」

 レジャーシートの上にちょこんと座った光音の声。行儀良く正座をしているのが光音らしかった。
 既に弁当は広げられている。
 ハンバーグに春巻きに漬け物。その他さまざま、和洋折衷のバラエティ豊かな弁当だった。
 
「おお、すごいな……」

 思わず感嘆の声があがる。
 様々なおかずはどれも綺麗に弁当箱に配置され、とてもうまそうに見えた。ボリュームもかなりなものだ。
 
「好きなのどれかわからなかったから……とりあえず」
 
 光音はわずかに顔を俯かせて言った。
 そうは言うものの、ほとんど俺の好物ばかりだった。若干のブランクがあったとは言え、そのへんはさすが幼なじみである。
 俺は靴を脱ぎ、レジャーシートの上にあぐらをかく。
 箸をとり、早速食べようとすると、
 
「だめ、雅弘」

 待ったをかけられた。
 
「な、なんでだよ」

 光音は小さな手と手を合わせ、
 
「いただきます」

 囁くような小さい声で言った。
 俺も慌てて

「いただきます」

 と、後に続けた。
 
「朝は慌ただしかったから言えなかったけど、本当はちゃんと言わないと」

 ごはんを手渡しながら、光音は微笑んで言った。

「そういうもんか」

 言いつつ、ごはんを一口。そして好物のハンバーグをひとつまみ。
 
「どう?」

 上目遣いの不安げな視線。なんでこいつは自称「料理が得意」のくせにこんなに自信なさげなんだろう?
 苦笑しながら、俺は答える
 
「ああ、バッチリうまいよ」
「そ、そう」

 光音は顔を伏せ、そっけなく答えるのだった。
 そのさまに、俺はまた苦笑するしかなかった。





「ね」

 だいたい一通り味見したところで、光音が声をかけてきた。

「ん?」
「どれが一番おいしかった?」
「そうだなあ……ハンバーグかな?」
「そう」

 また、顔を俯かせる光音。
 ……中学の頃はこんなにすぐ下を向くやつじゃなかったはずなのだが。
 俺が光音の変わったそぶりに目を向けていると、光音はちらっと俺を見上げ、そしてまた顔を伏せてしまう。

「なんだ? ハンバーグって言ったらまずかったのか?」

 ひょっとして他に自信のあるメニューがあって、それを言ってもらえなかったのが嫌だったとかだろうか。
 その問いに、光音はようやく顔を上げる。
 
「あ、あのっ……」
「なんだ」
「ハンバーグはいろいろ工夫して作りましたっ」
「ほう」
 
 なかなかいい味だとと思ったら、そうだったのか。たしかに丁寧に作られたのが伝わってくる味わいだった。
 ハンバーグは昔からの好物だった。さすが幼なじみ、力を入れるべきところをよくわかっている。
 
「だっ……だからっ……!」
「だから?」

 顔を伏せたまま、妙な様子の光音の言葉は続く。
 
「変なことしたらハンバーグがまずメニューから消えますっ」

 はうっ!
 その一言でマッタリした気分が消し飛ぶ。
 そして再び脳裏に浮かぶのは……。
 
 ”餌付け”

 俺、ピンチか?
 男として負け犬になるかどうかの瀬戸際なのか?
 しかし、そのためには……。
 光音をじっと見る。
 
「?」

 俺の視線に、また顔を伏せてしまう光音。

 こいつの支配を逃れるためには、場合によってはこいつの力を借りなくてはならないかもしれないのだ。
 
 橘があげた、”俺達にとっての優勝候補”は四人。

 まず、”清水 沙織(しみず さおり)”。風紀委員の清水先輩だ。
 風紀委員ということで各所から恨みを買っていたりもするが、やはり容姿については学校内で最強。そのため、下馬評でも優勝筆頭だった。
 ゆえに、たとえ優勝を当てたとしても得られる食券は大した量ではないのが難点だ。
 
 次に、”守屋 なつみ(もりや なつみ)”。クラスメイトの守屋だ。
 下馬評での評価は中堅。確かに、守屋はなかなかかわいい方だと思う。いつでもだれにでも向ける元気な笑顔は、きっと誰に対しても好印象だ。橘いわく、「彼女の”コツ”の意外性は面白い結果を導くかもしれない」とのこと。
 配当も高めで、得られる食券もそれなりに期待できる。
 
 そして、”面 旨美(おもて むねみ)”。俺の幼なじみパートツーの暴力娘、旨美だ。
 まあこいつが俺に殴りかかってきて派手に玉砕するのは学校内では有名で、そのため知名度だけは高い。一応容姿についてもそこそこなので、やり方によっては優勝をねらえないこともないらしい。あとは、女性票にも期待できるとか。……驚いたことに、この”サイレント・フェスティバル”では女性からの投票もあるらしい。どういうミスコンだ。
 ちなみに、こいつの配当は高い。
 
 最後に、”川波 光音(かわなみ みつね)”。目の前で俺の餌付けを画策している幼なじみだ。
 顔はそれなりに綺麗だが、低身長に薄い胸というハンデを持つ。言葉少ななのも減点対象なのかもしれない。橘いわく、「それがいいと考える人間はそれなりの数いる」らしい。そうでない人間も目覚めさせることができれば優勝も可能とは言うが、どこまで当てになるものやら。
 いま上げた四人の中では一番の大穴である。本当に優勝させることが出来れば莫大な利益が期待できる。

 橘は、この四人の中で一人に絞ろうという考えだった。サイレント・フェスティバルの勝手が分からない俺はとりあえずその方針に同意した。誰にするか、明日までに決めなくてはならない。
 
 
「な、なに?」

 じっと見つめる俺を不審に思ったのか、不安気な声を上げる光音。
 
「なあ、光音……」
「?」
「お前、自分のことかわいいと思うか?」
「えっ!?」

 珍しく大きな声を上げる光音。
 俺も妙な質問だと思う。だが、確認しておきたいことだった。
 何かを競うときに勝つのは士気の高い方である。弱気で勝てるのは圧倒的に力が勝っているときか単純に運のいいときだけだ。そして、士気の高さは様々な要因はあるものの、まず何かに対する”自信”が必要だ。
 例えば俺がいつも旨美に勝てるのも、単純な実力差だけではない。「あんなバカに負けるかへへ〜ん」という自分に対する絶対の信頼があるからである。
 ミスコンというものにそれを当てはめるのはどうかと思うが、清水先輩のように何者も恐れない毅然とした美しさを見るとそうしたことも必要になると思えたのだ。

「な、なにをいきなり……」
「まあ、なんとなくな」
「そ、そんなっ……!」

 光音は狼狽している。
 そして、また顔を下に向け上目遣いに、
 
「……雅弘はどう思う?」
「へ?」

 逆に、質問してきた。
 
「雅弘は、わたしのこと……かわいい……と、思う?」

 ”かわいい”という言葉だけほとんど聞き取れないぐらい小さな声で、光音が問いかけてくる。
 俺は、少し考え、
 
「まあ、かわいい方なんじゃないのか」

 と、軽く答えた。
 これは嘘じゃない。
 そうじゃなかったら橘が光音を候補に上げたとき、すぐに却下している。
 光音は綺麗な顔をしている。まあ、それが優勝できる程かというと難しいとは思うが。そもそもこいつは目立たないやつだから、そう思っているのは俺だけかもしれない。
 俺の答えに、光音は俯いたままぶるぶると震えていた。

「光音……?」

 呼びかけると、

「雅弘っ!!」

 光音は大きな声を上げ――光音のこんな大声を聞くのは初めてかもしれない――立ち上がった。
 
「おかずが欲しかったそう言うっ!」

 言いつつ、光音は俺のごはんの上にハンバーグをのっけはじめた。
 なぜかその顔は真っ赤だ。……怒っているのだろうか?
 
「お、おい光音……?」
「もう、こんなまわりくどいことしなくても、ちゃんと食べさせてあげるから……」

 どうも何か妙な勘違いをされているようだ。第一、質問の答えをもらっていない。
 とにかく、俺は立ち上がってもあまり高さに差が開かない光音に声をかける。
 
「あのな、光音……」
「な、なに? ハンバーグじゃなくて納豆のほうが良かった?」

 そんなもの弁当の中にあっただろうか?
 
「いやそーじゃなくて……」
「そ、それとも舌ビラメのムニエルでも食べたいの?」
「そんなもの弁当に入ってないだろ」
「わ、わかった。すぐに作ってくる」

 言って靴を履こうとする光音。家庭科室にでも向かうつもりなのだろうか。って言うかそんなすぐ作れるものなのか?
 とにかく、俺は光音の手首を掴んで止め、
 
「……とりあえず座れ」

 と、引く。
 光音はその手に引っ張り倒されるようにぺたんと腰を下ろした。そして、はぁっと大きく息を吐く。
 
「落ち着いたか?」
「ビックリした」

 短く、感想を漏らした。
 そして、
 
「なんで、あんなこと聞いたの?」

 と、なんだか上目遣いで睨むように言ってきた。

「まあ、なんとなくな。でもまあ答えてもらえなくてもいいや」
「え?」
「……お前がかわいいヤツだって事はよくわかった」

 言うと、光音は顔を伏せてしまった。
 本当に下を見ることの多いやつである。
 
「もう、おかずあげないからっ」

 怒った声でそう言うと、光音はもくもくと弁当を食べはじめた。
 俺は、ごはんの上に積み上げられたハンバーグを眺めながら苦笑するのだった。

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