HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ

前のページへ

次のページへ


一日目
(7)
教室〜中庭


「……ふう」

 保健体育の授業とは名ばかりの怪しげな集会を終え、俺はクラスの自分の席で息をついていた。

「光音、か……」

 意味もなく、幼なじみの名を呟く。すると、光音の顔が脳裏に浮かぶ。昔から見慣れた顔だけに、とてもリアルだ。
 計ったように切りそろえられた、肩まで伸びる黒髪。流れるだけで涼やかな音をたてるかと思わせるほどにさらさらとした髪だ。
 人形のように整った顔。しかし、冷たさはあまり感じない。やや幼い表情とふっくらした頬。そして感情はあまり見られれないがどこか暖かみを感じさせる大きな瞳。
 その美しい顔立ちは綺麗と言える。
 そのあどけない表情はかわいいと言える。
 しかし。
 
「……勝てるのか?」
「なんのこと?」

 想像の中の光音が、俺の言葉に答える。
 ぎょっとして席を立つと、光音は首を傾げた。
 
「なんでおまえがここにいるんだ?」
 
 目の前にいる本物の光音に言う。……まあ、想像にしてはリアルすぎると思ったのだが。
 光音は俺の袖をくい、と引いた。
 
「昼休みだから」

 保健体育は4時間目だったから、それが終われば当然昼休みとなる。
 考え事に夢中になって、そんなことすら忘れていた。
 
「ちょっと来て」

 そういうと、光音は俺の返事を待たず、袖を引きつつ歩き出した。
 俺は仕方なくついていく。現状、食の全権を握る光音の方が立場が上だ。逆らうわけにはいかない。
 それに、逆らうより俺には考えるべきことがあった。
 俺は、あの集会の後の、橘の言葉を思い出していた。
 
 




「僕と、組んでみないか?」
「はあ?」

 喧噪に包まれる体育館の中。
 俺のため息とも疑問の声ともとれる声に、橘は首を傾げる。
 
「何もわからないと言う顔だな」
「あたりまえだろ。あんなのだけでなにがわかるって言うんだ?」
 
 結局のところ、あの覆面男が言ったのは”サイレントフェスティバル”というミスコンを開催すると言うことだけだった。
 そもそもミスコンというのは大々的に開くものだ。それを風紀委員に見つからないようにやるというのもなんだか矛盾した話だった。
 
「そうだな。後で知らされるだろうが、やはり説明は必要だろう。
 ……場所を変えるぞ」
 
 そういうと、橘は立ち上がった。
 
「おい、今は授業中……」
「大丈夫。この時間はすでに我々のものだ。……第一、これから授業が始まるように思えるか?」

 体育館の中を見回すと、すでに列は乱れ始めていた。
 ほとんどの者は興奮して議論している……だいたいはどの女の子に投票しようかという話で盛り上がっている。
 そんななか居眠りをしている剛の者もいるし、体育館の片隅ではバスケをしている者すらいた。
 確かに、これから勉強が始まるような雰囲気はなかった。
 
「他の学年の授業をじゃまするような場所でなければ大丈夫だ……行こう」


 そうしてつれてこられたのは、体育館脇の空き地。いわゆる、校舎裏だった。
 日当たりの悪く雑草の生い茂ったそこは、あまり人がこない。壁一枚を隔て、体育館の喧噪も遠かった。
 口を開いたのは俺からだった。
 
「橘、まず教えてくれ。なんでお前は”サイレント・フェスティバル”のことを知っているんだ?」

 橘は、あの覆面の男がくる前から今日のことを知っている様子だった。
 その問いに対する橘の回答はシンプルだった。
 
「去年参加したからだ」

 橘はさも当たり前のように言った。
 
「……俺はこんなのがあるなんてを知らなかったぞ」
「まだこの学校になれていない一年には、こんな風に発表はしない。知ろうとする者にだけ情報はもたらされる。そして僕は、去年自分で調べて参加したんだ」

 ……そういえば、去年の春先こいつがやけにおとなしい時期があった。なにかやっているのだろうとは思っていたが、そういうことだったのか。
 おとなしくしててもやかましくしていてもこいつのやることは変わらない。どちらにしたって、くだらないことをやっているのだ。
 
「昨年は残念ながら優勝者の発表前に風紀委員に潰されてしまったがな」
「発表前って……そんなのどこでやってたんだ?」

 普通、ミスコンといえばどこかの会場で参加者が自分のことをアピールして、その上で投票なりなんなりやるはずだ。いくら俺が自分から情報を集めなかったにしても、そんな大規模なものが優勝発表前まで行われていれば噂ぐらいは聞いていてもおかしくないはずだ。
 だが、全く知らなかった。
 
「ふむ……そのためにはこのミスコンのやり方について話しておかねばならんな」

 橘は腕組みをしつつ、思慮深げにうなずいて言う。
 
「このミスコンは通常のそれとは異なり、会場を使っての被投票者――女の子のアピールはない。司会者の質問や水着審査に当たるものは基本的にはなく、投票結果の発表のみ大々的に行う」
「じゃあどうやって誰に投票するか決めるんだよ?」
「むろん、普段の学校生活で気になる女の子に投票することになるわけだ。
言いかえれば、開催を告知した瞬間からから投票日までが女の子が自らの魅力をアピールする期間となると言える」

 その様を想像してみた。
 普段の学校生活の中、みんな女の子を観察しつつ投票するのだ。ばれないようにこっそりと。
 
「……それはミスコンと言えるのか?」
「風紀委員の目を逃れるにはこういう開催方法しかないのだ。第一回は普通のミスコンだったらしいが、それがあまりにも”やりすぎた”ために今のような方法になったらしい」
「ミスコンってそこまでしてやらなくちゃならないものなのか?」
「違うな」

 橘は両の拳をぐっと握ると
 
「そうまでしてでも、やりたいことなのだ」

 そう、ためらいなく言い切った。
 俺はなにも言えなかった。こうなった橘になにを言っても無駄だ。なにより……今回はこのことを望むのは橘一人ではないのだ。
 言うことはなにもない。……ただ、ため息をつくしかなかった。
 
「そして、ようやく本題だ。このミスコン――”サイレント・フェスティバル”は、投票だけではなく一位になるのを誰か当てるかという楽しみ方もある」
「当てる……?」
「先ほど司会者が”下馬評”を発表すると言っていたが、それはこのことだ」
「下馬評って……」
「ふむ。おまえはこれを知っているな」

 そういって橘が取り出したのは、数枚の短冊のような紙。見慣れたその紙は……。
 
「なんだよ、食券じゃないか」
「そう。食券。この学校内では同じ重さの金と同じ価値があるとも言われる食券だ」

 同じ重さの金……食券は紙だけに重量が軽いので、書かれた金額以上の価値なのかどうか微妙な言い方だった。
 橘はひらひらと思わせぶりに食券を振りつつ言葉を続けた。

「サイレント・フェスティバルの投票者は投票とともにどの女の子が優勝するかをかけることができる。学生の賭事は禁止だが、まあ換金が不可能な食券なら問題ない。ゲーセンのコインゲームみたいなものだ」

 うちの学校の食券は凝っている。紙幣なみの細かな印刷に、透かしまでも入れてあるのだ。そのため、普通の食券ならその日限り有効の使い捨てなのに、これは在学中であればいつでも使える。よほどの技術がない限り複製は不可能だからだ。
 確かに食券以外の使われ方をされていると聞いたことはあった。それにしても、こうまであからさまに紙幣がわりに使われてしまうとは……。
 なにか激しく間違っているような気がした。
 が、間違いについて言うのなら今回のことはなにもかも間違っている気がする。
 なんかもう、どうしようもないぐらいに。

「そこで、話を戻そう。雅弘君。僕と手を組まないか?」
「……手を組むってなにをだよ?」
「つまり、だ。ただ漠然と参加するのではなく、誰かを優勝させるべく動かないか、ということなのだ」

 橘は、自信たっぷりに言った。
 
「そういうのはアリなのか」
「大アリだ。むしろこのミスコンの本分といってもいい」
「それはやっぱりミスコンじゃないんじゃないか?」

 裏工作で票を競うというのはいくら何でもミスコンというものの趣旨とは大幅に異なるような気がした。

「違うな。動くと言っても別に汚い手を使う訳じゃない。あくまで女の子の魅力をアピールするために動くのだ。女の子の魅力を広め、そして票を集める。ミスコンとして、極めて正しい」
「……それで思い通りに女の子を優勝させて、食券を稼いでどうしようって言うんだ?」
「幻のメニューを食べる」

 幻のメニュー。
 食べた者は手指で数えられる数しかいないと言われる伝説のメニューだ。
 その金額は、時価。しかも学食のおばちゃんに認められた者しか食べられないと言うよくわからないものだ。
 食べた者は極上の幸せを感じるという。
 ちなみにそのメニュー、俺は、
 
「別に興味ない。勝手にやってくれ」

 俺はその場を立ち去ろうとした。全く興味がないわけでもないが、橘と組むリスクを越えるものではない。

「ほう。君は負け犬になるつもりなのか」

 俺は足を止めた。
 
「……なんだと?」
「幼なじみに尻に敷かれて、さぞや幸せなんだろうな」
「! てめえっ! どこまで知っているっ!?」
「君の両親が不在の間、君の幼なじみ川波光音が食の全権を握っている……僕の知っているのはその程度のことだ」
「ど、どこで知ったっ!?」
「知識を得る手段はさまざまだよ」

 橘はにやりと笑った。
 
「正直確証はなかった。しかし朝、川波光音と登校する君を見て確信した。……負け犬だと、ね」
「貴様……!」

 意味ありげにわざわざ俺の前に現れたのはそういうことだったのか。
 いつもなにも考えてないように行動していて、なんでこういうとこだけはきっちりしているのか。すこぶる疑問だ。
 
「どうでもいいけどその負け犬って言うのはやめろっ!!」
「君の両親……短期の出張といっても二ヶ月や三ヶ月は戻れないのだろう? その期間、君は幼なじみの管理下にあるわけだ。これが男として敗北以外のなにを意味する? 負け犬以外に何と呼べばいい?」
「ぐうっ……」
「なあ、よく考えろ。大量の食券を手にすればもうそんなことはなくなるのだぞ。うちの学食が7時から20時まで開いているのは知っているだろう? 朝昼晩と食うに困ることはなくなるんだぞ」

 橘の言葉は、悪魔のように俺の心の隙間に滑り込んできた。

「まあ君があのいいとこ中学生にしか見えない背の低い幼なじみに支配されることに喜びを感じる真性のロリなら、別に僕の話に乗ることはないけどね」

 橘は、気取った仕草で俺を挑発するようにそんなことを言いやがった。
 
「橘っ!」
「なんだい?」

 たまらず声を上げる俺に、余裕の表情を向ける橘。
 しゃくに障る。挑発されるのも、そして、それをもとに決断せねばならないことも。
 だが、俺はもう決めてしまっていた。

「いいだろう。話に乗ってやる。だが貴様に負けた訳じゃない」
「ほう?」
「勝つためだっ! ”今”にっ!!」

 俺はそう宣言した。
 ……宣言してしまったのだった。





 そんなことを思い出しつつ、ふと気がつくと俺は光音に連れられて中庭にまで来ていた。
 
「光音。どこに行くんだ?」
「お弁当」

 光音は振り向かず短く、答え俺の袖を引き中庭の奥に進む。
 そして今はまだ立場の弱い俺は、そのあとに付き従うのだった。




前のページへ

次のページへ

HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ