HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ

前のページへ

次のページへ


一日目
(6)
体育館



「めんどうだなあ……」

 俺はため息混じりにつぶやいた。
 退屈な授業時間を過ごし、ようやくたどり着いた4時間目。
 お昼前のその時間はよりにもよって保健体育。
 しかもなぜか,
 授業を行う場所は体育館。「保健体育の教育に必要なビデオを上映する」のだそうだ。
 高校2年にもなってこんなことやるなんて、うちの学校はどうなっているのだろう?
 
 そんなことを考えながら歩いていると、俺の隣を非常に気になるものが通り過ぎようとする。
 ガシ、と肩をつかんでその歩みを強引に止めた。
 
「待てこら」
「なにをするんだい、雅弘君」

 橘だった。
 
「お前は暇な授業だとなにやるかわからんからな」
「君は僕がこれから何かするというのかい?」
「そうだ。っていうか何かするつもりなんだろう?」

 その言葉に、ふっと余裕の笑みを漏らす橘。
 顔だけはいい橘がやると非常にさまになる。が、こいつの中身を知っている俺としてはひたすらにむかつくだけだ。
 そして橘は、芝居がかった仕草で両手を広げると、

「違うな。今日の僕は参加者に過ぎない」

 そこで一拍おいて、

「実行者になるのはこれからさ」

 なんて事を言った。
 これから何か始まるのか……?
 俺がその言葉に一時気を取られていると、するりと歩き去ってしまった。
 俺は橘を追うように、体育館に向かうのだった。
 




 体育館の中は、ざわめいていた。
 今日の保健体育は学年合同。だから、高校2年の男子全員集まっている。そりゃあ騒がしくもなるだろう

 ……だれだこんな授業考えたやつは。

 だいたいこういうのは視聴覚室を使ってクラス別にやれば充分なはずだ。
 体育館の一段高くなった舞台の上には巨大な白いスクリーンが張られている。映画でも流せそうなほど立派なものだ。実際に去年、映画研究同好会がこのスクリーンを使って上映会を催したこともあった。

 そんな設備を使って大々的に上映されるのは、保健体育のお話し。

 力の入れ方を激しく間違えているような気がした。
 ため息をつきつつ、床の上に適当に腰を下ろす。一応クラス別に並ばせられていたが、場所に余裕がありすぎるのでみんな適当にくつろいでいた。

「それでは、始めます」

 そう言って取り仕切るのは……隣のクラスの野島だ。たしかクラス委員をやっているはずだ。

「進行を生徒にやらせるのかよ」

 妙だった。確かにうちの学校は生徒の自主性を重視しているが、それにしてもこんな自習をさせるなんてことは今までなかった。
 先生は何をやっているのだろうかと、体育館の中を見回す。
 しかし、いない。見渡した限り、どこにも見つからなかった。
 授業が始まるのに教師がいないというのもこれまた変だ。生徒に進行を任せるにしても、少なくとも最初の説明くらいはするはずだ。
 キョロキョロと見まわしていると
 
「はじまるぞ……舞台に注目するのだ」

 橘の指摘に視線を体育館の舞台へと向ける。
 
 ふ、と。体育館の照明が消えた。
 
 あらかじめ暗幕で窓を覆っていたのか、それだけで体育館は闇に包まれる。その急な変化にまわりのざわめきが増した。

 その時。
 体育館の舞台の上に、どこからかスポットライトが当てられた。
 
 円いスポットライトの光に照らされたのは、黒い布をかぶせただけの簡単な覆面をした男子生徒――なんか覆面から下はきっちり制服を着ている――だった。
 
「あやしい……」

 あまりのあからさまな怪しさに、俺はうめいた。
 だいたいその怪しい人物をご丁寧にスポットライトで照らしているのは誰だ? これから一体何が始まる?
 
 様々な疑問の中、その壇上の覆面男は、大げさに手を振り、語り始めた。
 
「二年生男子生徒諸君!」

 スピーカーを通して声が響く。声がこもっていないことから覆面の中にマイクでも仕込んでるらしい。
 スポットライトといいマイクのことといい、なんだか妙に用意周到だ。
 
「最近の保健体育の授業はここまで演出に凝るのか……?」
「馬鹿なことを言っていないで静かにしていろ」

 橘の鋭い声。やつは真剣に壇上の怪しい覆面男を見つめていた。その一挙手一投足を身じろぎもせずに一心に見ている。
 先ほどの橘の言葉を思い出す。
 
 ――違うな。今日の僕は参加者に過ぎない
 ――実行者になるのはこれからさ
 
 これから、橘が「参加者」となり、やがて「実行者」になる何かが始まるのだろうか?
 本当に何かあるというのなら、止めなくてはならない。経験上、橘が真剣になってろくな事になった試しはないのだ。
 俺はこれから何が始まるか、なにひとつ見落とすことの無いよう舞台へ意識を集中した。
 壇上の男は、混乱している生徒達をつつむように両手を広げると、
 
「君達の心の中に、天使はいるか!?」

 朗々とした声で、そう呼びかけた。
 周りの生徒はざわめく。
 みんな目の前の覆面が何を言っているのか理解できないといった感じだった。……俺も何をいっているのかさっぱりだ。
 そのざわめきをうち消すように、再び覆面の声が響く。

「君達の心の中に、女神はいるかっ!?」

 ざわざわと、騒ぎはおさまらない。

「君達の中の天使がっ! 女神がっ! 最強であることを証明したいとは思わないかっ!?」

 スクリーンが照らされる。
 まだなんの映像もなく、ただ白く映し出されるスクリーン。その中に、覆面男の影がなにか禍々しく映る。
 俺はその光景に、なにか非常に不吉も感覚を覚えた。とても、嫌な予感がした。

「我が高校の、真の天使をっ! 真の女神をっ!」
 我々の手で決めようじゃないかっ!!」
 
 覆面男は、自分の影がスクリーンに映らないよう移動しながら叫ぶ。
 そして、スクリーンを示すように拳を高々と振り上げた。
 その動きに合わせるように、でかでかとスクリーンに文字が映し出され。


 第26回 一番かわいい女の子は誰だ!? 
      君が決定的に決めろミスコンテスト!!


 そう読めた。
 
「え〜と……」

 俺はリアクションに困ってうめいた。
 「決定的に決めろ」が日本語としておかしいことがどうでもいいぐらい混乱した。
 隣の橘は握り拳をぐっと握りしめ、目を輝かせてスクリーンを見つめている。
 こいつは初めから知っていたらしい。ふと周りを見ると、ほとんどの生徒が呆気にとられている中、橘のように目を輝かせ舞台に集中している人間がちらほらと見受けられる。
 なんだか絶望的な気分になってきた。
 俺の頭の中に、橘の相手をしているときに時折現れる「絶望気分ゲージ」が出現した。しかも、上昇傾向で。

「このミスコンは毎年開催されている。だが、毎年成立している訳ではない。風紀を乱すという難癖をつけられ、毎回風紀委員からの理不尽な弾圧を受けている。だが我々は諦めない。

 この高校で一番かわいい女の子は誰かっ!?
 この高校でもっとも美しい女の子は誰かっ!?
 その探求の心は何者であっても止められるものではないっ!!」

 覆面男のテンションは最高潮だった。
 そのノリにつられたのか、「おお……」という感嘆の声が各所であがっている。
 その数は……多い。のせられているやつがいるのか。それとも潜在的にこういうことを求めているやつがいるのか。しかもそういうのが多いのか。
 どちらにしても……俺の中の絶望気分ゲージが上昇させずにはいられないことだった。

「君達の中には風紀委員に密告しようとする者もいるかもしれない。しかし、それは無駄だ。もう今年度に入ってから7回のダミー・ミスコンが風紀委員につぶされている。密告したとしても風紀委員には情報のひとつとしてしか認識されないだろう。そして我々は、密告者にはそれなりの報復をする用意がある」

 
「なんでそんなに用意周到なんだ……?」
「これは……言ってみれば戦いなのだよ」

 俺の漏らした呟きに、したり顔で橘が答えた。
 俺の心の絶望ゲージの上昇をよそに、壇上の覆面男の言葉は続く。
 
「風紀委員のくだらぬ妨害など相手にしていられないっ!
 我々は、深く静かに進行するっ!
 故に、今回のミスコンを”サイレントフェスティバル”を呼称するっ!」

 スクリーンの表示が変わる。

 
 サイレントフェスティバル

 
 歓声が上がった。
 歓声は大きかった。
 絶対サクラが何人かいる。
 そして、それに乗せられている奴らが結構いる。
 うちの学校は自由な校風が特徴だ。
 こういう面白そうなことにのりたがるやつがいる。
 そして、こういう面白そうなことに「のせたがる」やつもいるのだ。


「投票の方法、下馬評の発表などは本日中に27通りの方法で各人に告知する。それでは、誰に投票するか決めておきまえっ!」

 言葉と共に、覆面男は壇上の舞台から去った。舞台袖を通り、おそらくはそのまま体育館外に出ていったのだろう。
 体育館はざわめきに包まれていた。
 しかしそのざわめきは、最初の状況のわからない不安な声ではない。
 
「お前誰に投票する?」
「清水先輩に決まってるだろう?」
「1年の武上とかどうだ?」
「なに言ってんだB組の荒木に決まりだろ?」
「うわお前ひょっとしてあいつに気があるのか?」
「はっ! てめえらわかってねえなっ! 二年や三年の年増を選んでどうすんだっ!?」
「うお絶対あの子を優勝させるぜっ!」

 なんかもうノリノリだった。
 俺は頭の中から「絶望気分ゲージ」を消した。もう最高潮まで上がってしまってゲージとしての用をなさなくなっていたからだ。
 
「雅弘君」

 隣からかけられた「テンション高いけど無理矢理押さえ込んでるけど期待があふれ出してる声」に振り向くと、そこには笑みを浮かべた橘がいた。
 
「僕と、組んでみないか?」
「はあ?」

 橘の申し出に、俺はため息と疑問が入り交じった声を上げるのだった。

前のページへ

次のページへ

HPトップへ

サイレント・フェスティバルトップへ