「ほふ」 PCを前にして、あくびにも似たため息を吐く。 いつものネットの定期巡回。心安らぐひととき。 「あ、あのWebラジオもうCD出てるのか。お、体験版ゲット……」 気になるところを巡回。意識しなくてもできる慣れた操作で、次々とお気に入りのページを開いていく。 「お、あのひと久しぶりに更新したのか」 お気に入りの絵師さんが新CGを公開しているのを発見。 さっそく開く。 タイトルは、 「メイドさん、ハァハァ……?」 ブラウザ上に広がったのは、黒のワンピースに白のエプロンドレス、 しかしそのどちらもをはだけさせて見たいところが見えそうで見えない、さらに言えば有るべきところに下着の色が描かれていない極限のチラリズム。 いつもなら僕だってハァハァしてしまうだろう。だって好きな絵師さんだから当然好きな絵柄で、しかもエロい。 でも僕は冷静なまま。むしろ失望。裏切られた気分。 メイドなんて萌えないのに。 主従関係というはっきりした区分け。 メイドは「見る」んじゃなくて、「見下してしまうもの」だと思う。 だって、だってそうでなきゃ……! 「おぼっちゃま」 突然の後ろからの声に、ビクンと振りかえる。 そこには長い漆黒の黒髪をゆらす女の子がいる。 むうっとした目、ぷうっと膨らました頬は考えるまでもなく怒った顔だ。 それはよくある表情。こぼれそうな大きな瞳にかわいいほっぺはまあ、他にあまりないと言えるけど、常識の範疇。 でも、それ以外はあまり普通じゃない。 その子が着ているのは黒のワンピースに白のエプロンドレス。スカートの裾は膝上10センチ。そしてその裾のすこし下、太股の半ばから足先までを覆うのは黒のニーソックス。 清楚にして可憐。質素にしてシック。フォーマルにして、しかしマニアック。 「おぼっちゃま、お食事の時間です」 服装に相応しい、静かで深い、でも生真面目そうな声。 そう、彼女は。 僕の家の住み込みのメイドさんなのだ。
『メイドさんハァハァ』 初めに言っておくけれど、僕の家は金持ちというわけじゃない。 生活に困るほど貧乏ではないけれど、無駄遣いで来るほど裕福でもない。中流も中流。ごくごく当たり前の一般家庭。 家にしても一応二階建ての一戸建てだけれどもそんなに広いわけでもない。折り合いをつけてお互いに妥協すればどうにか二世帯住宅も可能、という感じの家。 そんな家に、メイドがいる。それも住み込み。 「お食事の時間になっても来ないと思ったら、また……」 彼女のお小言が続く。 こんな普通だったらありえない状況にもわけがある。 なんでも僕のひいひいひいおじいちゃん……だったかな? とにかく、ご先祖様。 そのご先祖様が命がけで華族の人――大王寺と言う現在も大金持ちの家の人――を救ったらしい。 その人はえらく感動して、何でも望みを叶えるとご先祖様に言った。 「パソコンもよろしいですが、節度をわきまえませんと……」 そのご先祖様がなにを望んだのかは知らない。と言うか、父さんはこの昔話をしたときにそれだけは教えてくれなかった。 ただ、「いずれわかる」と、もったいぶるだけもったいぶって秘密のまま。 でも、聞かない方が良かったんだと思う。 きっとろくでもないお願いだったんだろう。 だってそれ以来、代々うちの家には一人の女の子がやってくるようになったからだ。 メイドの名門というよくわからない名家から来る女の子は、メイドとして一生この家に仕えるのだ。それがもう何代も続いている。 「没頭するのはいいことです。集中できることがあるのは良いことです。ですがものには限度があり、そして節度をわきまえなくてはなりません」 そして、今目の前で僕にお小言を言っているのは今代のメイド。 彼女の名はつぐみ。 腰まで届く漆黒の髪がトレードマーク。 普段はメイドの仕事のジャマになるからと、首元と先端をそれぞれ白いリボンで結んでまとめている。 顔は綺麗と言うよりかわいい方だと思う。 どちらかと言えば童顔、控えめな胸に背もあまり高くないせいもあって僕より二つ年上なのにあまりそんな感じがしない。 かわいいメイドさん。 そんな一言がひどく似合う。こうしてお小言をする様も、どこかかわいらしい。 「聞いてるんですか?」 彼女は家のメイドとして、僕にはもっぱら教育係として接してくる。 小さい頃からずっとそんな感じ。まるでお姉さんのよう。 メイドとしては優秀で、仕事はきっちりそつなくこなす。そしていつも偉ぶって、メイドとして僕に接してくる。 おかげで僕はメイドに萌えない。 リアル妹がいると妹に萌えないと言うけど、こんな感じかも知れない。物心着いた頃からメイドがいるから、当たり前になりすぎたのかも知れない。 夢は手が届かないからこそ夢みるもの、と言う感じかな。だから「メイドさんハァハァ」なんてことを言ってる輩のこと何て理解できない……。 「何を見ていたんですか?」 そう言ってひょい、と画面を覗き込む。 しまったそこにはさっき開いた「メイドさんハァハァ」がっ! つぐみは目を大きく見開く。 できれば目を逸らすとか目を伏せるとか、そういう反応して欲しいのに、ジックリばっちりシッカリ見ている。 「ぱんつはいてない……」 一言漏らして固まった。 ど、どうしてその一言!? なんでそこまでチラリズムを理解しているのっ!? 「わーっ、これは間違いーっ!」 あわててウインドウを消す。 しかし今使っていたのはタブ・ブラウザ。 「メイドさんハァハァ」を閉じたら今度出てきたのは来週発売のエロゲ紹介ページ。 「これも間違いーっ!」 あわてて消そうとして、うっかりページ内のリンクをクリック。 折り悪く、それはサンプルボイスのリンクだった。うっかり保存ではなく再生をクリック、高速回線はあっというまにダウンロード、間髪入れず立ち上がるメディア・プレイヤーさん。 「あ、あ、ご主人様、そこをもっとゴリッと、ゴリッと〜!」 部屋に響き渡る淫らな声。 それもよりによってメイドキャラッ!? みんなメイドがそんなにいいのーっ!? 「お、お、おぼっちゃま……!」 つぐみが真っ赤になる。 怒ってる。すごく怒ってる。 「おぼっちゃまの不潔! 不潔すぎますっ! 不潔すぎて汚物って感じですっ!」 「お、汚物……!」 すごいこと言われちゃったよ。 そのままつぐみはお小言の矛先を変更、僕のエロさについて糾弾するのだった。 ・ ・ ・ 家族で囲む食卓。 いつも通り母さんがいて、今日は珍しく父さんもいる。 つぐみはメイドと言うことで、いつも一緒には食事はとらない。僕の後ろに立ってじっと指示を待っている。 いつもはどこか寂しくて、でも暖かさにほっとできるその視線。でも今は恐い。恐すぎ。美味いはずの母さんとつぐみの合作夕食も全然味がわからない。恐怖は恐怖以外の感情を麻痺させます。 とにかくご飯を機械的に詰め込む。父さんと母さんがなにか話しているようだけど、ほとんど耳に入ってこない。 「と言うわけで、貞夫。明日から父さん、母さんと一緒に旅行だ」 え、と貞夫――僕に向けられた言葉に食事の手を止める。 「ど、どういうこと?」 「なんだ貞夫、聞いてなかったのか? 母さんが町内会の福引きで温泉旅行を当てたんだ」 「え? そうなの? でも父さんと母さんって……僕は?」 「おるすばんだ」 「つぐみは?」 「父さんと母さん、ふたりっきりで行くんだ」 ど、どういうこと? つぐみの方を見る。つぐみは不満もないように、ただ静かに佇んでいる。 僕の困惑をよそに、父さんは勢いのまま言葉を続ける。 「ペアで! カップルで当たったんだ! カップルだぞカップル! 父さんなんだか恋の炎が再燃焼という感じなんだ! いやいいぞカップル! すばらしいぞカップル! なんて素敵な言葉だ!」 「ま、お父さんったら……」 「はっはっはっ、熱く、熱く燃えるぞぉ!」 なにやら父さんと母さんがラブラブなオーラを醸し出している。 再びつぐみの方に振りかえる。 目が合った。 つぐみはうん、と頷く。満ち足りた笑顔。父さんとか母さんが仲良くしているのが嬉しくてたまらないと言う感じだった。 「だから貞夫……」 うって変わって静かな父さんの声。あわててまた振りかえる。首がおかしくなってしまいそう。 振りかえる僕の視線を受け止めるのは、父さんの穏やかな、しかしなにかの決意を秘めた顔。こういうときはろくな子と言わないんだよな、父さん……。 「父さんと母さんがいない間、お前がご主人様だっ!」 一瞬理解できなかった。 また振り返り、つぐみの方を見る。度重なる旋回に首がゴキリと嫌な音をたてるけれど気にならない。 つぐみと二人して、目を合わせる。見つめ合う。 『ご主人様……?』 二人の呟きが、重なった。 ・ ・ ・ 「じゃ、行ってくる」 朝。学校へ行くため靴を履いていると、 「はい、行ってらっしゃいませ」 笑顔でつぐみが送り出してくれる。ここまではいつもと同じ。でも、 「……ご主人様」 つづくつぐみの言葉。いつもは「おぼっちゃま」なのに、そこだけが違った。 僕はその声から逃げるように家を発つ。 外はいつもどおり。なにもかもいつもどおり。でも僕の頭の中はいつも通りじゃない。 通学路をいつもどおり歩きながら、いつもと違うことを考える。 「ご主人様」 大したことじゃない。そう呼ばれる以外、いつもとなにも変わらない。 つぐみは家の用事をみんな知っているし、いつもやっている。父さんと母さんが旅行に出てもそんなに不都合はない。一緒にやっていた母さんがいなくなった分負担は増しているだろうけど、それでもいつもと変わらない。 朝はいつもの時間に起こしてくれたし、制服もいつもどおりちゃんとアイロンがけしたものが用意されていた。朝食はいつもの時間に出たし、いつもどおりおいしかった。 正直に言えば、二人きりの朝食というのは初めてで微妙に緊張したような気もする。 いつもどおり。違うのは、つぐみが僕を呼ぶときは常に「ご主人様」という言葉を使うこと。 メイドとご主人様。 それは、主従関係。 「メイドなんて、なにがいいんだろう……」 呟いた声は、自分で思っていたより暗かった。 ・ ・ ・ そんないつも通りの、でもちょっとだけ違う一日も終わろうという、夜。 いつものようにネット巡回をしていると、ノックの音。 「はい」 返事一つ。扉を開けて入ってくるのは一人しかいない。朝も昼も夜も変わらず、いつものようにきちんとメイド服を着こなしたつぐみ。 ご主人様に忠実に仕えてくれるメイド。 「どうしたの?」 「ご主人様……わたし、なにかお気に障ることをしてしまったでしょうか?」 そんなことを、暗い表情で聞いてくる。 僕の知るつぐみはいつもお姉さん然として口うるさくいけど、よく気がついて頼もしい感じだった。 それが今は、まるで叱られた犬のよう。 メイドとしては当たり前。ご主人様のご機嫌をうかがう、メイドの表情。へりくだってるわけではない、でも明らかに「仕えている」顔。 なんだかいらついた。 「どうしてそんなことを言うんだ?」 つぐみは本当に今日もいつも通りだった。 家の掃除も完璧で、食事はおいしかった。僕のはいる時間にお風呂もちゃんと沸かしてくれたし、パジャマの用意もぬかりなし。 いつも通りだった。 不満なんてあるはずない。 「ご主人様……今日は一度も笑顔を見せていません……」 どきりとした。 言われてみれば今日はなんだか面白くなかった。 だって、それは……。 「ご主人様。ご主人様は不機嫌です。不機嫌すぎて見えないところの毛細血管がブチブチ切れてそうな感じです」 よくわからないことを言った。 でもこれもいつものこと。いつものこと。いつものことなのに。 つぐみは、僕のことをご主人様と呼ぶ。 それが……いらつく。 「別になんでもないよ」 「ウソです」 「不機嫌じゃない」 「ウソをついてもわたしにはわかります。わかり過ぎてご主人様解説本発行直前という感じです」 「そんなことないっ」 言って、そっぽを向く。するとつぐみはこくりとうなづく。横目に見れば、得意げな顔。それはいつものつぐみの顔。なんだか、ホッとして……。 「あ、昨日のこと怒ってるんですか、ご主人様? だめですよ、えっちなことは。そういうことはきちんと怒られてそのあとはしっかり抑制して……」 いつものお小言。でも、また、僕のことをご主人様と呼ぶ。 ご主人様ご主人様ご主人様……! 「黙れよっ!」 僕の大声につぐみはビクッと止まる。 驚きに目を見開く。 そういえばつぐみにこんな大声で怒鳴ったことはなかったな、と頭の隅の冷静な部分で考える。でも、隅以外の部分はいらつきに支配されて止まらない。 「ご主人様ご主人様って……うっとおしい……!」 「だってご主人様はご主人様ですし……」 また繰り返す。しかも、なんだかしょげて。いつもは俺をしかる立場のつぐみが、そんな風に弱々しく、へりくだって。 ご主人様とメイド。 明確な主従関係。 それが意識される。いやでも意識してしまう。 それが、いらつく。むかつく。 「だったらご主人様らしく命令してやる」 俺は勢いのまま言い放つ。ああ、そうだ。父さんがいない間限定だけれども、僕がご主人様だったらいつも言えない無茶なことを言ってやる。 「パンツみせろ!」 「……え?」 俺の言葉につぐみが固まる。 「ほら、ご主人様命令だ。パンツ見せろ」 「そ、そんな……」 「いいから見せろよ! つぐみはメイドなんだろ! ご主人様の命令は何でも聞くんだろう?」 「そんな命令……聞けません……」 「なんでだよ!」 つぐみは泣きそうな顔で、涙をたたえた瞳で、でもキッと俺を真っ直ぐ見て答える。 「それが、ご主人様の為にならないからです」 そう言った。 それは真摯なメイドの姿。 パンツ見せろ何てバカなことを言うご主人様への叱責。 堕落しようとするご主人様を守ろうとする必死の決意。 そう、これは「ご主人様への」言葉。 「つぐみはご主人様のことを本当に考えてくれてるんだね……」 「当たり前ですっ、だって……」 「ご主人様が僕でなくても、そうなんだろ……?」 そう、僕への言葉じゃない。 つぐみは、たとえ僕に対してじゃなくてもこういう態度をとるだろう。 よくメイドと恋に落ちるご主人様という話がある。 そんなことはない。 小さい頃からメイドがいた生活だからわかる。メイドとご主人様は明確な主従関係。恋に落ちたとしても、そこには明確な壁がある。たとえ結ばれたとしても、隔たりがある。 どうしても拭えない。たとえ気持ちに応えてくれても、それはつぐみがメイドとして命令を聞いてくれたのではないかと。 そんな疑いがある。 ご主人様はどうしてもメイドのことを見下し、そしてメイドはどうしてもご主人様を見上げる。 そこに平等な愛なんてない。 僕はつぐみと同じ高さで近づきたいのに。壁なんてなしに、もっと近づきたいのに。 ……そう、僕はつぐみの事が好きだ。 僕は……つぐみの事が好きなのに……! 「なんで僕はご主人様なんだよ……」 椅子から、崩れ落ちる。ぺたんと絨毯の上に座り込む。身体を支えられない。 「なんでつぐみはメイドなんだよ……」 メイドのつぐみじゃなくて。つぐみをつぐみとして好きなのに。 どうして、つぐみは僕の家のメイドなんだろう。 「普通に出会ってれば……普通に、普通に……!」 今まで気がつかなかった。でもご主人様と呼ばれた実感してしまった。 明確な差。メイドとご主人様という関係。普通に出会えれば、こんなふうにならなくて済んだのに。 ただ、好きになれたかも知れないのに。 メイドなんて嫌いだ。メイドにハァハァなんてできるわけがない。 こんな、こんな、こんな……! 「ご主人様……ご存知ですか?」 見上げれば、近くにつぐみの顔がある。長い黒髪をたらし、その表情はおだやかで、静か。でも確かな意志を秘めた、瞳。つぐみの瞳。魅入られたように、それしか目に入らない。 「ご主人様のご先祖様が、どんな願いを言ったのか?」 「さあ……どうせくだらない願いだったんだろう?」 なにしろ子々孫々までメイドを仕えさせろ、なんて願いだ。きっとご先祖様とやらは人間のクズだったに違いない。 しかしつぐみは頭を振る。 「ご主人様のご先祖様は、お金も名誉も望みませんでした。ただ、心を望みました」 「心……?」 「感謝の心――それがご先祖様の願いでした。しかし華族に生まれた大王寺様は、その意味が分かりませんでした。ものでは返せない。でもなにもせずに入られない。だからメイドの名門である当家に依頼したのです。自分を救ってくれたあなたのご先祖様に、子々孫々まで心をつくして恩に報いてくれと……」 言葉を続けながら、つぐみはゆっくりと後ずさる。 つぐみの全身が視界に入る距離。そこで止まり、スカートの両端を、それぞれの側の手で、つまむ。 「だからこの家に仕えるメイドにはひとつの選択肢が与えられます。この家でメイドとして働き、成人し……それでもなお、心をつくすことができるか? もしそれができないと思ったら、この家のメイドを辞めることができます。そしてその時点で次のメイドがやってくることになるのです」 ……え? そんなこと知らない。つぐみはずっとこの家にいると思っていた。いなくなるなんて、考えたこともなかった。 愕然とする僕に、つぐみは微笑んで言葉を続ける。 「もちろんわたしは辞めるつもりなどありません。わたしは誰にでもお仕えするわけではありません。貞夫様……あなたがいる家だから仕えたかった。いずれはあなたにお仕えしたいと思っているんです」 つぐみがゆっくりとスカートを上げる。ニーソックスとスカートの感覚が広がる。 目の前で、白く眩しいふとももが、徐々に、徐々に見えてくる。 「わたしはメイドで良かったと思っています。いつもあなたのお世話ができる。いつもあなたの近くにいられる」 ギリギリの所。もう少しでパンツが見えそうと思われるところで、つぐみは手を止める。 「ご主人様がメイドのパンツを見たいというのなら見せることはできません。ですが、貞夫様……あなたが、メイドではなくわたしのパンツを見たいというのなら……見せてあげてもいいかもしれません」 つぐみの言葉。 え、だって、メイドとしては見せられなくて、でも見せてくれるって事は……え? え? 「貞夫様がわたしに興味があるのと同じように……わたしだって、貞夫様に興味があるんですよ? 貞夫様がわたしのパンツを見たがるように、わたしも貞夫様がわたしのパンツを見てどんな顔をするか見てみたい……」 え? え? え!? よくわからない。でも、でも! 「見たい……!」 口は勝手にそんな言葉を紡いでいた。 こくん、とうなづく気配があった。 それを見る余裕なんてない。だって目の前では、つぐみのパンツが! パンツがーっ! 再びつぐみのスカートがあがる。 あとちょっと。あとちょっとでパンツが見える。 白なのか黒なのか意表をついて紫か、それとも夢を越えてスケスケパンツなのかっ!? あと一センチ! ジリジリとスカートは上がる。 それとともにどんどん目が開く。細部まで見える。きめ細かいつぐみの肌が目に焼きつく。 今のこの目はきっとどんなカメラより高性能だ! あと5ミリ! なんでそんな細かい距離がわかるのか!? いやきっとこれは男の本能! ゆえにこの勘は絶対にして精密! あと1ミリ! もう視界にはスカートと太股とニーソしか入らない! そしてもうじきパンツ以外目に入らなくなってしまうだろう。 それは、もう次の瞬間にまで迫っている……! と言うところで。 スカートが一気に下がった。 遠のいた。スカートに、たった一枚の布に隔てられただけだというのに、パンツは永遠に遠のいてしまったように思えた。 「……つぐみ……?」 「ごめんなさい。実はパンツ、お見せできないんです」 「そんな……だって……!」 「どうやってもムリなんです。だって……」 呆然と見上げる俺に、つぐみはいたずらっぽい笑みを向ける。 「だって今、ぱんつはいてないんですもの」 「なにーっ!?」 絶叫した。 血を吐かんばかりの勢いで叫んだ。 そんな俺からつぐみは軽やかなステップで離れ、ドアを開く。 「ご主人様、いやらしいです。いやらしすぎて、つぐみはテレテレの真っ赤になってしまいます……」 そんな一言を残して。 つぐみは部屋から出て言ってしまった。 つづいて聞こえる、軽快な階段を下りる音。 呆然とする。 からかわれた? からかわれたのか、な……? ちょっとショックだ。どこからどこまでからかわれたのか。 さっきの告白までもウソだったのか……? 「きゃ、きゃんっ!?」 と、悲鳴と同時にドタドタという激しい音。 あわてて部屋から出て階段を見れば、階下には尻餅をついたつぐみがいた。 「つぐみ……?」 「あいたた〜……あ! ご主人様!」 状況からすると、つぐみは階段から転げ落ちたのか。 こんなの初めてだ。こんなミスをしてしまうくらい、つぐみは慌てていたのか。 なんで慌てていたのかって、それは……さっきあんなことを言ったから。 きっと本気で俺と話して、そしてそれをごまかして逃げてしまったから……。 「み……見ました?」 あわてて乱れたスカートをなおしながらそんなことを言う。 どうやらパンツを見られたか心配らしい。さっきまで見たくてたまらないものが見えたはずなのに、混乱してて目に入らなかった。なんてことなんだろう。 でも。そこでふと閃いた。 「見えなかった!」 胸を張って力強く言うと、つぐみはほっと胸をなで下ろす。 僕はニヤリと笑いながら俺は言葉を続ける。 「パンツなんて見えなかった! だってはいてなかったから!」 なんていうと、つぐみはきょとんとする。 すぐに真っ赤になり、 「そ、そんなわけないでしょっ! ご主人様変です! 変すぎて完全変態してしまいそうな感じです!」 つぐみは相変わらずよくわからないことを言う。 そう、つぐみはつぐみ。メイドのつぐみ。 お姉さんみたいに、ずっといっしょにいてくれたつぐみ。 「でも、良かった」 つぐみは微笑む。 「今日初めて見る、素敵な笑顔です」 ああ、僕はきっといま、笑っているんだろう。 だってだって。すごく、嬉しかったから。 つぐみといることができて、こうしてメイドとご主人様であることができて。本当に、嬉しかったから。 こんな風に笑いあえて、僕はようやく気がついた。 「大丈夫?」 階段から下りて、つぐみに手を差し出す。 はにかむように微笑んで、つぐみは手を取る。 暖かい手。小さな手。 繋がる。実感する。 上下の隔たりがあるなんて僕の思いこみ。 こんな風に笑いあえるなら。 こんな風にふれあえるなら。 きっとそんな壁なんて、ない。 だから。 僕は今、メイドさんにハァハァしている……。 了
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