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ぶらっく びたー こーひー |
日も暮れようとする、夕方。 もう夜も近い時間。 お店の中は沈みゆく夕日の光が入り込み、何とも言えない微妙な色合いを生み出しています。 その色に染まった店内は、独特のゆったりした雰囲気を醸し出します。 私はこの色が好きです。 今度の新刊は、この色をモチーフにしたカラー表紙にしようかと思います。でも、このまったりした雰囲気は男性向け創作には向かないかも知れません。 ……「ADULT○NLY」の表示は裏表紙にしましょう。 迷いの晴れた私は、お皿を磨く手を早めました。 休日の店内、まばらに人がいます。今日は近くである催しが開催されたので、店内にいる人の幾人かは疲れている様子です。疲れを見せている人は、疲れた分だけの戦果を−−その多くはB5の薄手の本のようです。玄人なら鞄や袋の膨らみ具合で想像がつきます−−を足下、あるいは隣の席に置いています。みな一様にどこか満足げか、あるいは不満足げです。勝利者と敗北者の光と陰が見え隠れしています。 そのうちの一人が、びくりと動きます。 その視線の先には一枚の絵。お店の一角に、簡素な額縁に納まり掛けられている絵があります。 私の描いた絵です。 素人が見てもそういう絵とわからないように、作中の小道具をモチーフにしています。 この絵自体は今日配布した新刊の、トークページの背景に使っています。もっともそこでは背景処理をしているので、簡単にわかるものではありません。私の絵を本当にわかるひとではないと気づかないでしょう。 その人に、コーヒーのおかわりはいかがですかと声をかけます。 「あ、あのこの絵っ……!」 私はできる限りの最高の営業スマイルで、”なんでしょう”、と尋ねます。その人は、なんだか恐縮したように縮こまってしまいます。やはり、本のジャンルがジャンルだけに、女の子にこの絵の出所を尋ねるのは抵抗があるようです。 私が描いていると、どうして気づかないのでしょう? 確かに最近は挨拶回りが忙しかったり、本を買うのが楽しかったりしてサークルスペースにいる時間は長くありません。今日にしても父さんがどうしてもというので店に早く戻らなければならず、それに新刊も既刊も完売していたので彼に任せてすぐに帰ってしまいました。 でも、イベント中も同じメイド服なのに。 やはりイベントと言うことで「フルアーマーメイド服」「メイド服重装改」「メイド服局地戦仕様」といったアレンジを加えているせいかもしれません。イベントの時は三つ編みを解いているので、それも印象を変えてしまう要素の一つとなっているのでしょう。 なにより、スペースに来てくれる人はみんな本を買う方に忙しい−−これが最大の理由でしょうか。それは作家としては喜ぶべきことなのでしょうが、でも、少し寂しい気もします。 女の子、としては。 その人は結局縮こまってしまって、とりあえずおかわりを欲しいと言ってきました。 その様子を見て、ちょっといたずら心が芽生えました。 おかわりは、足すのではなく新しいカップを持ってきました。その人は気を落ち着かせるように、コーヒーを飲もうとして……。 「アチッ!」 カップを揺らして、こぼしてしまいました。その人の手とテーブルを薄く黒く染めるコーヒー。私はあらかじめ用意して置いた布巾でこぼれたそれを拭き取ります。 その人は申し訳なさそうにしながらも、ある一点から目を離せないでいました。 カップを見ています。カップにプリントされた、模様を見ています。 その模様は、冬に出した新刊の裏表紙に使ったものです。ファンタジーの創作もので、初めて描いた”触手系”の本です。その系統は初めてなので思いっきりやろうと思って、思いっきりやりすぎてしまった、とてもとても印象深い本です。メールで「びっくりしました」という感想が届いた、ほほえましいエピソードを思い出し、私の顔は思わずほころんでしまいます。 その紋章はデザインがうまくいったのでとても気に入っていました。だから、このようなグッズも作ってみました。その一部を店のマグカップとして使っています。 このマグカップは、父さんも気に入ってくれているようです。文句一つ言いません。 コーヒーもふき取り、その人はまた気を落ち着かせるようにコーヒーを飲もうとして……。 そのとき、店の中に響く曲が変わりました。 「オアチッ!」 またコーヒーをこぼすその人。 曲は、とてもとても落ち着いた静かな曲です。別に驚くようなものではありません。イベント会場で試聴して気に入ったので購入し、店のCDに混ぜてみました。 特定の人たちに絶大な人気を誇る、あるゲームのアレンジ曲です。素人のアレンジと言えど、そのクオリティはあなどれるものではありません。イベントでは時折こうした名品に出会えるので、いつも楽しいです。 そういえば、そのゲームの本も出したことがあります。キャラのイメージを崩さないよう、可能な限り男性向けに特化したその本はとてもとてもよく売れました。ちょど今かかっている曲も、そのゲームの代表的な曲のアレンジです。聴けばそのゲームの名場面が自然と脳裏に浮かびます。私の本のトークページでも、「クライマックスはこの曲が合うと思います」と書いていますので、実際に聴きながら本を読んでくれた人もいるかも知れません。 このCDは、父さんも気に入ってくれているようです。文句一つ言いません。 そういえば最近、父さんが私の方を見てくれないような気がします。なぜか目を合わせないようにしているような気がします。 そう思うようになったのは、入稿前のあの日からだったでしょうか。原稿を一気に仕上げるため、最後の買い出しに行ったときでした。 買い出しから戻ると、部屋に鍵をかけていなかったことに気づきました。机の上には、描きかけの原稿。ちょうどクライマックスです。 その本はとても売れ、「鼻血が出ました」という感想メールが来ました。バッチリです。 ……その日から父さんの態度が変わったような気がします。でも、父さんがあの時間に、しかも勝手に私の部屋にはいるはずはないですから、気のせいでしょう。自意識過剰はいけませんね。 結局その人は、不思議そうに首を傾げながら店を後にしました。 とてもとても楽しかったです。イベント前に徹夜が続いてささくれだっていた私の心に、ひとときの清涼感を与えてくれました。 名も知らぬ私の本を買ってくれている人に感謝をしながら、私はカウンターに戻りました。 ふと振り向くと、いつの間に戻ってきたのか温かい目で父さんが見守ってくれていました。その視線にどことなくとげとげしさを感じるのは、たぶん先ほど変なことを考えてしまったからでしょう。いけませんね。 「お前今日は疲れているだろうからもう休め」 父さんの言葉。いつも、優しいお父さんを、私は大好きです。 でも父さんにはいつも迷惑をかけていますし、頑張らないといけません。 ……それに、先ほどのように私の本の読者が来てくれるかも知れませんし。 「いいから休めとにかく休め」 本当に本当に優しい、父さんの言葉。 父さんの言葉に甘えて、今日はもう休むことにします。……明日からは、新刊に取りかからなければならないのですから。 終 |
| あとがき 前作を書いたときは全く続きを書くつもりはなかったのに何故か続いてしまったお話し。 ネタができたらまたぽつぽつと書くかも知れません。 なんかどんどんひどい女の子になっているような気がしますが、徹夜明けのイベント後で気分がささくれ立っているだけです。……たぶん。
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